なぜ営業は決算書を"全部"読めなくてもいいのか
決算書は貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書などの書類群で構成されており、経理や財務の専門知識がないと全体を細かく読み解くのは簡単ではありません。ただし、商談前に営業が知りたいのは「この会社は今、投資判断ができる状態か」「取引を継続しても資金繰りで問題が起きないか」という限られた論点です。全ての勘定科目を精査する必要はなく、要点となる指標だけを押さえれば、5分程度でも実務上十分な材料が得られます。この記事では、その要点を絞り込んで解説します。
決算書の全体像を30秒で確認する(財務三表)
詳細な指標に入る前に、決算書全体がどう構成されているかを押さえておくと理解が早まります。マネーフォワードの解説では、決算書を構成する主要な書類は「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」の3つとされ、それぞれ次のように役割が異なります(出典)。
- 貸借対照表(バランスシート): ある時点での資産・負債・純資産の残高を示す「ストック情報」。会社の体力・安全性を見る書類。
- 損益計算書: 一定期間の収益と費用、その結果としての利益を示す「フロー情報」。本業でどれだけ稼げているかを見る書類。
- キャッシュフロー計算書: 一定期間の現金の増減を示す「資金情報」。利益が出ていても手元の現金が足りているかを見る書類。
この3つがそれぞれ「体力」「稼ぐ力」「資金繰り」の異なる側面を映していると理解しておくと、後述する3指標がなぜその書類から読み取れるのかが腹落ちしやすくなります。
営業が5分で掴む3指標
日本経済新聞の決算書解説では、企業を見る視点として「成長性」「収益性」「安全性」の3つが挙げられています(出典)。この3つの視点をそのまま指標に落とし込むと、営業が確認すべきポイントは次の3つに整理できます。
指標1: 売上高・営業利益の推移「本業で稼げているか」
損益計算書の中でまず見るべきは、売上高と営業利益の直近数年分の推移です。売上高が伸びているか横ばいか、営業利益(本業の利益)が黒字を維持できているかを確認すれば、その会社が本業でどれだけ稼げているかの大まかな方向性がつかめます。単年の数字だけでなく、2〜3期分を並べて増減の傾向を見ることで、一時的な要因による変動なのか、構造的な変化なのかを見分けやすくなります。新規の投資や提案を検討している相手であれば、この推移が「投資余力があるかどうか」の入り口の判断材料になります。
指標2: 自己資本比率「倒産しにくい体力があるか」
貸借対照表から読み取れる指標のうち、会社の安全性を最も端的に示すのが自己資本比率です。自己資本比率は「自己資本(純資産)÷総資産×100」で計算され、返済不要の自己資本が総資産に占める割合が高いほど、借入への依存度が低く倒産しにくい体力があるとされます。財務省「法人企業統計調査」(2019年度)を出典とする税理士事務所の解説記事では、自己資本比率の目安として次の水準が紹介されています(出典)。
| 自己資本比率 | 評価の目安 |
|---|---|
| 30%以上 | 安定 |
| 50%以上 | 優良 |
| 70%以上 | 超優良 |
同調査では全産業平均が42.1%とされています(同出典)。ただし自己資本比率の水準は業種によって構造的な差があるため、平均値だけで一律に判断するのは適切ではありません。同出典で紹介されている業種別の目安は以下のとおりです。
| 業種 | 自己資本比率の目安 |
|---|---|
| 情報通信業 | 54.1% |
| 製造業 | 49.0% |
| 建設業 | 39.8% |
| 運輸業・郵便業 | 36.4% |
| 卸売・小売業 | 35.8% |
| 不動産業・物品賃貸業 | 29.7% |
| 宿泊業・飲食サービス業 | 24.8% |
| 農林水産業 | 19.0% |
取引先の自己資本比率を見る際は、全産業平均だけでなく、その会社が属する業種の目安と比較することで、より実態に近い評価がしやすくなります。
指標3: 営業キャッシュフロー「黒字倒産のサインを見抜く」
損益計算書上は黒字であっても、手元の現金が不足して倒産に至る「黒字倒産」というケースがあります。三菱UFJ銀行のコラムでは、黒字倒産について、売上や利益が計上されていても、売掛金の回収前に仕入代金や経費の支払いが先行するなど、資金繰りのタイミングのズレによって現金が不足し、支払い不能に陥る状態と説明されています(出典)。この兆候を確認できるのが、キャッシュフロー計算書の「営業活動によるキャッシュフロー(営業キャッシュフロー)」です。損益計算書上は利益が出ているのに、営業キャッシュフローが継続してマイナスになっている場合は、本業の取引から現金を生み出せていない状態を示している可能性があり、注意すべきサインとして確認しておく価値があります。
ここまでの3指標を一覧にすると以下のようになります。
| 指標 | 見る場所 | 目安 | 危険信号 |
|---|---|---|---|
| 売上高・営業利益の推移 | 損益計算書 | 2〜3期分で増加または安定的に黒字 | 営業利益の連続赤字、売上の急減 |
| 自己資本比率 | 貸借対照表 | 30%以上で安定、業種平均も参考にする | 業種平均を大きく下回る、マイナス(債務超過) |
| 営業キャッシュフロー | キャッシュフロー計算書 | 継続してプラス | 黒字なのに継続してマイナス(黒字倒産の兆候) |
決算書が手に入らない・非上場の取引先はどう判断するか
ここまでは決算書が手元にある前提で解説してきましたが、実際の商談相手の多くは非上場企業であり、決算書そのものを入手できないケースが大半です。会社法上、株式会社には決算公告の義務がありますが、東京商工リサーチが2022年に実施した調査では、対象217万9,325社のうち決算公告を実施していたのは4万214社にとどまり、実施率は1.8%と報告されています(出典)。つまり、決算公告を頼りに非上場企業の決算情報を確認できるケースは限られているのが実情です。
この場合の代替手段として実務でよく使われるのが信用調査会社の情報です。G-Searchのコラムでは、信用調査データの料金として、G-Search経由の信用情報が月額495円(税込)、帝国データバンクの企業情報が2,200円(税込)、東京商工リサーチの企業概要が1,760円(税込)といった価格帯が紹介されています(出典)。また、信用調査会社が企業を評価する際に重視する着眼点として、現預金の水準・自己資本比率・売上の推移が挙げられている解説もあり(出典)、これは前章で紹介した3指標と重なる部分が多い点も参考になります。
信用調査データの取得に加えて、公式サイトの沿革・IR情報・求人情報・ニュースリリースなど公開情報を横断的に確認することでも、決算書が無くても投資余力や経営の方向性をある程度推測する材料が得られます。この公開情報の集め方についてはAIで企業分析する方法|ChatGPT vs 専用ツールでも解説しています。こうした情報収集を都度手作業で行うのが負担になる場合、ZEROSYSリサーチは会社名を入力するだけで公開情報を横断的に調査し、経営課題・投資余力・ROIの目安・想定される反論までを出典付きで整理するサービスで、1社無料でお試しでき、追加は980円〜で利用できます(ZEROSYSリサーチ)。
決算書分析にAIツールを使う場合の注意点
決算書の数字をAIツールに読み込ませて分析を効率化する動きも広がっていますが、注意点もあります。AI総合研究所の解説では、ChatGPTのようなクラウド型の汎用AIサービスに、未公開の財務情報を含む決算書データを入力する際は、情報管理の観点でのリスクを踏まえておく必要があると指摘されています(出典)。特に取引先や自社の未公開情報を扱う場合は、利用するサービスの入力データの取り扱い方針(学習利用の有無やデータ保持期間など)を事前に確認しておくことが望ましいとされています。ROIの試算や提案書への落とし込み方については提案書の作り方|ROIを数字で語るテンプレと計算式もあわせて参考にしてください。
よくある質問
決算書が読めなくても営業はできますか
細かい会計知識がなくても、本記事で紹介した3指標(売上高・営業利益の推移/自己資本比率/営業キャッシュフロー)に絞って確認すれば、商談前の判断材料としては実務上十分なケースが多いです。全ての勘定科目を理解する必要はありません。
自己資本比率は高いほど良いのですか
一般的には自己資本比率が高いほど借入への依存度が低く、倒産しにくい体力があるとされ、財務省「法人企業統計調査」を出典とする解説では30%以上を安定、50%以上を優良の目安としています(出典)。ただし業種によって平均的な水準が異なるため(情報通信業54.1%、宿泊飲食業24.8%など)、業種平均との比較で見るのが実務的です。
非上場企業の決算書はどう確認すればいいですか
決算公告の実施率は1.8%程度にとどまるとする調査があり(出典)、決算書そのものの入手が難しいケースが多くなります。信用調査会社の企業情報(数百円〜数千円程度で取得できるサービスもあります)や、公式サイト・IR情報・求人情報などの公開情報を組み合わせて代替する方法が実務で使われています。
営業利益と経常利益、どちらを見るべきですか
本業でどれだけ稼げているかを見たい場合は営業利益が基本の指標になります。経常利益は営業利益に営業外の損益(受取利息・支払利息など)を加減したもので、本業以外の収支も含めた実態を見たい場合に補足的に確認すると、より立体的な評価がしやすくなります。
決算書分析にAIツールを使う際の注意点は何ですか
クラウド型の汎用AIサービスに未公開の財務情報を入力する場合、情報管理の観点でのリスクがあると指摘されています(出典)。利用するサービスの入力データの取り扱い方針を事前に確認したうえで使うことが望ましいです。
まとめ
決算書を隅々まで読み込む時間がなくても、営業が商談前に確認すべきは「売上高・営業利益の推移」「自己資本比率」「営業キャッシュフロー」の3指標に絞ることができます。これらはそれぞれ本業で稼げているか、倒産しにくい体力があるか、黒字倒産の兆候がないかを映す指標です。非上場企業で決算書が入手できない場合は、信用調査会社の情報や公開情報を組み合わせて代替する方法があり、情報収集の負担が大きい場合はリサーチを効率化するツールを併用するのも一つの選択肢です。