EC/通販業の経営課題を、なぜ「市場拡大中だから安泰」で片付けてはいけないのか
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただしEC/通販業は、市場規模そのものは年々拡大しているにもかかわらず、送料・物流コストの上昇、カゴ落ちや返品といった構造的なCVR・利益率の圧迫要因、モールへの依存、決済詐欺リスクなど、成長業種特有の負荷が積み重なっている点で他業種と一線を画します。「売上が伸びている会社=経営が安定している会社」とは限らず、増収でも利益率が悪化しているケースや、モール手数料・送料負担で実質的な取り分が目減りしているケースも珍しくありません。この「拡大する市場の中での二極化」こそが、この業種の経営課題を読み解く出発点です。
EC/通販業の全体像を数字で見る
個別の課題に入る前に、業種全体の構造を確認します。JADMA(日本通信販売協会)「2025年度通販・EC市場売上高調査」(2026年8月28日発表、対象は2025年4月〜2026年3月)によると、市場規模は15兆4,085億円(前年比+5.9%)でした(出典)。前年度、つまり2024年度(2024年4月〜2025年3月、2025年8月28日発表)は14兆5,500億円(前年比+7.3%)で(出典)、伸び率は+7.3%から+5.9%へ鈍化しています。市場全体は拡大を続けているものの、拡大ペース自体は緩やかになっている点は、営業前提として押さえておく価値があります。なお、このJADMA調査は伝統的な通信販売企業が主な対象であり、モール型ECを含む市場全体とは母集団が異なる点にも注意が必要です。
経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」(2025年8月26日発表、2024年実績)によると、BtoC-EC市場全体は26.1兆円(前年24.8兆円、前年比+5.1%)まで拡大しました。越境ECについては、中国の消費者が日本の事業者から購入した金額が2兆6,372億円、米国の消費者による購入額が3,945億円(いずれも2024年推計)とされています。この経済産業省調査の原本PDFは今回403エラーで直接確認できず、複数の報道・解説媒体経由での確認にとどまっている点をお断りしておきます。相手企業が越境ECに対応しているかどうかは、海外向け決済手段や多言語対応の有無から見立てられるポイントです。
EC/通販業の経営課題、主要な6パターン
①市場拡大の裏側で進む二極化・倒産と休廃業の増加
東京商工リサーチ「無店舗小売業」動向調査によると、2024年の無店舗小売業の倒産は169件(前年比+45.6%)、休廃業・解散は261件(同+21.3%)で、いずれも過去最多を更新しました(出典)。同社は主因として過当競争・仕入/配送コストの上昇・参入障壁の低さを挙げています。さらに2025年については、ネットショップ担当者フォーラムの報道によると休廃業・解散が408件(前年比+56.3%)に上ったとされています(出典)。2025年の倒産単体の件数は今回確認できておらず「要検証」です。また倒産と休廃業・解散は別集計である点にも注意してください。市場全体の売上高が伸びていても、参入障壁の低さゆえに新規参入と淘汰が同時に進む構造は、決算書の読み方(決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標)で見た「増収でも危ない会社」を見分ける視点がそのまま活きる業種といえます。
②送料高騰と物流2024年問題への接続
物流業界の構造的な人手不足や2024年問題そのものについては運送業の経営課題|2024年問題・ドライバー不足で解説していますが、EC/通販業はこれを「送料を支払って受け止める側」として直接影響を受けます。ヤマト運輸は2025年10月1日、宅急便の個人向け料金を平均約10%値上げしました(120〜200サイズ等が対象、60〜100サイズは据え置き)。佐川急便も2026年4月に資材費等を含む料金改定を実施し、2026年10月からは「セーフティサービス」を1個220円で有料化する予定です。送料値上げは、送料無料ラインの設定を通じてEC事業者の顧客行動にも影響します。スポルアップの調査(2026年8月、ECアクティブユーザー300人対象)によると、送料無料の条件を達成するために「予定外の追加購入」をした経験がある人は55.0%に上り、そのうち62.6%が「本当は買わなくてもよかった」と回答しました。一方で送料無料条件を達成できなかった場合、約3割が別のサイトへ離脱すると回答しています(出典)。送料無料ラインの設定は「売上を伸ばす施策」であると同時に「配送コストを事業者が肩代わりする施策」でもあり、値上げが続く局面では設計の巧拙が利益率を左右します。
③カゴ落ち・CVR最適化の壁
ネットショップ担当者フォーラムが紹介したe-365の調査(2026年上半期、月商500万円以上のECサイト延べ2,250件が対象)によると、平均カゴ落ち率は63.48%、機会損失額は実売上の約2.85倍に上るとされています。カゴ落ちメールの平均開封率は42.6%、CVR(そこからの購入転換率)は2.3%でした(出典)。この調査はカゴ落ち対策ツールを提供するベンダー(e-365)によるものである点は差し引いて見る必要がありますが、カート投入後の離脱がEC事業者にとって恒常的な課題であること自体は、送料無料ラインの調査結果とも符合します。相手企業がカゴ落ちメール・リターゲティング広告・決済手段の多様化といった離脱対策にどこまで投資しているかは、CVR改善への投資余力を見立てる材料になります。
④返品率とロジスティクスコストの負担
Recustomerの調査によると、2023年度(2022年11月〜2023年10月)の平均返品率は6.61%で、前年度の4.41%から2.2ポイント上昇しました(出典)。返品は再検品・再梱包・返金処理といった追加コストを伴うため、返品率の上昇はそのまま物流コストの増加に直結します。株式会社エルテックスの調査(2021年8月、年商1億円以上の通販事業者300社が対象。5年前の調査であり鮮度が低い点は差し引いて見る必要があります)では、年商別に見ると返品率5〜10%未満と回答した事業者が最も多く、年商100億円以上の事業者では返品率5%未満と回答した割合が53.7%に上りました(出典)。年商規模が大きいほど返品を抑制する仕組み(サイズガイドの充実、検品体制、返品ポリシーの設計等)が整っている傾向がうかがえ、相手企業の規模と返品ポリシーの公開状況を照らし合わせることで、物流コスト構造への意識の高さを見立てられます。
⑤モール依存とEC基幹システムの老朽化
楽天市場等のモールに出店する場合、月額固定費・売上高に応じた従量課金・ポイント原資の負担・アフィリエイト費用・決済手数料などが積み重なり、解説記事の中には実質的な総コストが売上高の15〜20%に達するとの指摘も見られます。ただしこの15〜20%という数値は定量的な一次データの裏付けが取れておらず「要検証」です。定量データの有無にかかわらず、モールへの依存度が高いほど、手数料改定という自社でコントロールできない外部要因に収益が左右されやすくなる構造そのものは変わりません。また、独自の基幹システム(受注・在庫・顧客管理)を長期間運用してきたEC事業者では、システムの老朽化やリプレイスの難しさが課題として挙がることも定性的な傾向として指摘されていますが、こちらも定量データは確認できていません。自社ECを単独で運営しているか、モール出店中心か、その双方を併用しているかは、収益構造と価格交渉力を見立てる基本的な切り口です。
⑥決済の安全性・EC詐欺/チャージバックの増加
日本クレジット協会の集計によると、2025年通期のクレジットカード不正利用被害額は510.5億円(前年比-8.0%)でした。内訳は番号盗用が475.4億円(同-7.4%)、偽造が7.2億円(同+22.0%)、その他が27.9億円(同-21.6%)です。2025年第4四半期単体では93.9億円(前年同期比-42.1%)と減少傾向が見られます(出典)。被害額全体は減少傾向にあるものの、500億円超の規模が継続している以上、3Dセキュアの導入や不正検知システムへの継続的な投資はEC事業者にとって引き続き必要なコストです。相手企業のサイトで3Dセキュア対応や決済手段の種類がどこまで明示されているかは、この課題への対応状況を推測する手がかりになります。
自社EC単独とモール併売、規模・取引形態による差にも目を向ける
EC/通販業の経営課題は、自社ECを単独で運営しているか、モールに出店(または併売)しているかによっても濃淡が異なります。自社EC単独であれば集客を自前で担う必要がある一方、モール手数料の負担は避けられます。モール併売であれば集客力を借りられる代わりに、前述の手数料構造の影響を受けやすくなります。返品率についても前述の通り年商規模による差が見られ、年商規模が大きいほど抑制策が進んでいる傾向がありました。また、定期通販・サブスク型のビジネスモデルと、都度購入型のビジネスモデルでも、キャッシュフローの安定性や顧客当たりの生涯価値(LTV)の考え方が異なります。仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説しているので、相手企業がどの取引形態に近いかを最初に見立ててから、課題仮説を組み立てることをおすすめします。
商談前に見ておきたいEC/通販業特有の公開情報
EC/通販業の企業をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・決算・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- 自社EC単独かモール出店(併売)か: サイトの構造(独自ドメインか、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング等のモール内店舗か)から、収益構造・手数料負担の見立てがつく。
- 送料無料ラインの設定と配送業者: 「〇〇円以上で送料無料」の表示があるか、どの配送業者を使っているかは、値上げの影響を受けやすいかどうかの目安になる。
- 返品交換ポリシーの公開有無と返品送料の負担者: 返品ポリシーが明確に公開されているか、送料をどちらが負担するかは、物流コストへの意識と顧客対応の姿勢を反映する。
- 決済手段の種類と不正検知/3Dセキュア導入の記載: 対応決済手段の幅と、3Dセキュア等のセキュリティ対策の記載有無から、不正利用対策への投資状況を推測できる。
- カスタマーサポート体制: 電話・チャット・メールのいずれに対応しているか、対応時間の記載があるかは、カゴ落ち・返品対応も含めた顧客体験への投資度合いの目安になる。
- 定期購入(サブスク)モデルの有無: 定期購入プランを展開しているかどうかで、収益の安定性・LTVに対する考え方が異なる。
- 求人票でのEC担当者・エンジニア募集: 基幹システムのリプレイスや内製化を進めている兆候として、募集職種・業務内容の記載を確認できる。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で解説していますので、あわせて活用してください。
よくある質問
EC/通販業の市場規模はどのくらいですか。
日本通信販売協会(JADMA)の調査では2025年度(2025年4月〜2026年3月)の市場規模は15兆4,085億円(前年比+5.9%)、経済産業省の調査ではBtoC-EC市場全体が2024年時点で26.1兆円(前年比+5.1%)とされています。集計対象・調査範囲が異なるため単純比較はできませんが、いずれの調査でも市場は拡大を続けています。ただしJADMA調査の伸び率は前年度の+7.3%から+5.9%へ鈍化しており、拡大ペースは緩やかになっています。
送料値上げはEC事業者にどう影響しますか。
ヤマト運輸は2025年10月に宅急便個人向け料金を平均約10%値上げし、佐川急便も2026年に料金改定とセーフティサービスの有料化を予定しています。送料無料ラインを設定しているEC事業者にとっては、配送コストの上昇分を自社が吸収するか、価格に転嫁するかの判断を迫られます。調査によると、送料無料条件を達成できないと約3割の消費者が別サイトへ離脱すると回答しており、送料無料ラインの見直しは慎重な設計が必要です。
カゴ落ち率の平均はどのくらいですか。
ネットショップ担当者フォーラムが紹介した調査(2026年上半期、月商500万円以上のECサイトが対象)では平均カゴ落ち率63.48%、機会損失額は実売上の約2.85倍とされています。ただしこの調査はカゴ落ち対策ツールを提供する事業者によるものであり、調査対象・条件が異なれば数値も変わり得る点には注意してください。
EC/通販業の企業に商談前に確認すべきポイントは何ですか。
自社EC単独かモール出店(併売)か、送料無料ラインの設定と返品ポリシーの公開状況、決済手段と3Dセキュア等のセキュリティ対策の記載、定期購入モデルの有無の4点が、商談前リサーチで特に確認しておきたい業種特有の情報です。これらから収益構造・物流コストへの意識・セキュリティ投資の状況を見立てられます。
まとめ
EC/通販業の経営課題は、①市場拡大の裏側で進む二極化・倒産と休廃業の増加②送料高騰と物流2024年問題への接続③カゴ落ち・CVR最適化の壁④返品率とロジスティクスコストの負担⑤モール依存とEC基幹システムの老朽化⑥決済の安全性・EC詐欺/チャージバックの増加、という6パターンに整理できます。JADMA・経済産業省の統計が示すように、この業種は「市場全体は拡大を続けているが、送料・物流コストは上がり、事業者間の淘汰は進み、モールへの依存や決済リスクといった構造的な負荷も並行して重くなる」という状況にあります。個社の状況を決めつけず、自社EC単独かモール併売か、送料・返品ポリシーの公開状況、決済のセキュリティ対応といった一次情報で仮説を検証しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。