結論から: 「DXが遅れている業界」という言い方は便利ですが、実態を一言でまとめるのは危険です。製造業・建設業・運送業・小売業・士業・IT/情シス業・飲食業・宿泊業・介護福祉業の9業種を公的統計・業界団体調査の一次データで横断比較すると、遅れている「理由」は業種ごとにまったく異なります。収益力不足で投資に踏み切れない製造業、直轄工事だけ先行する建設業、事業規模で装着率が2倍近く割れる運送業、経営者の関心と消費者の利用実態が逆転している飲食業など、構造の違いを無視して一律に「DX遅れ」と括ると、商談前の見立てを誤ります。本記事では9業種のDX関連データを比較したうえで、業種を超えて共通する4つの構造要因と、商談前にDX成熟度を見立てる視点を出典付きで整理します。

「DXが遅れている業界」は本当に存在するのか

中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。「DXが遅れている業界はどこか」という問いは営業現場でもよく話題になりますが、答えを一つのランキングにまとめるのは実は難しい問いです。理由は単純で、DXの「遅れ」を測る指標が業種によってバラバラだからです。運送業ではデジタルタコグラフの装着率、小売業ではEC化率、士業では「必要」と「実際の取組み」のギャップ、介護福祉業では補助事業の利用事業所数の推移というように、それぞれ違う物差しで語られています。加えて、既存の業種別経営課題記事で扱ってきた製造業・建設業・運送業・小売業・士業・IT/情シス業・飲食業・宿泊業・介護福祉業の9業種を見比べると、「業界全体が一律に遅れている」というより「業界内での差(規模・取扱商品・立場)のほうが大きい」ケースが目立ちます。本記事ではこの9業種を横断的に並べ、遅れの中身と共通する構造要因を整理します。

業界ごとに異なる「DXが遅れる理由」を9業種の一次データで見る

ここからは9業種それぞれについて、DXに関する一次データと、遅れの背景にある理由を確認します。各業種の詳しい経営課題(人手不足・価格転嫁・後継者不在等)は個別記事で扱っているため、本記事ではDXに関わる部分に絞って整理します。

①製造業|収益力の低い企業ほど投資に踏み切れない

2026年版ものづくり白書(経済産業省・厚生労働省・文部科学省、2026年5月公表)では、日本の資本装備率(従業員一人当たりの設備投資額)が主要先進国と比べて低水準にあることが指摘されています。特に収益力の低い企業群は、省力化投資やシステム投資、AI・デジタル技術などの無形固定資産への投資に消極的な傾向がみられ、知識・ノウハウの不足や人材確保の難しさが活用の壁になっているとされています(出典)。「投資したくないから遅れる」のではなく「収益力が乏しく投資余力がないから遅れる」という順序で理解する必要がある業種です。詳しくは製造業の経営課題6選で解説しています。

②建設業|制度は直轄工事から、地場中小への浸透度は未確認

国土交通省はi-Constructionの一環として3次元モデルを活用するBIM/CIMの普及を進めており、直轄の土木工事・業務では2023年度から原則適用が始まっています(出典)。ただしこれはあくまで国が発注する直轄事業が対象で、地場の中小建設業までBIM/CIMがどこまで浸透しているかを示す定量的なデータは確認できていません(要検証)。「制度としては前進しているが、現場への波及度は測れていない」という、建設業特有の情報のギャップがあります。詳しくは建設業の経営課題6選で解説しています。

③運送業|事業規模で装着率が2倍近く割れるデジタコ

国土交通省が2024年5〜6月に実施した「デジタコに係るアンケート」(貨物自動車運送事業者1,735者・58,715車両が回答)によると、義務付け対象車両全体でのデジタルタコグラフ装着率は79.8%とすでに約8割まで普及している一方、車両9両以下の小規模事業者では43.4%にとどまるのに対し、30両以上の事業者では77.5%に達しています(出典)。未装着の理由としては「アナログ式でも十分運行管理ができるから」が52.5%で最多となっており、法令上の義務がない範囲では、コストに見合うメリットを感じにくい小規模事業者ほど導入が進みにくい構図がうかがえます。詳しくは運送業の経営課題で解説しています。

④小売業|EC化率はまだ1割未満、取扱商品で最大10倍近い差

経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、2024年の物販系分野のBtoC-EC市場規模は15兆2,194億円、EC化率は9.78%でした。カテゴリ別に見ると、生活家電・AV機器・PC等が43.03%、衣類・服装雑貨等が23.38%と高い一方、食品・飲料・酒類は4.52%にとどまるなど、取扱商品によってEC化の進み方に大きな差があります(出典)。小売業全体で見てもEC化率はまだ1割に届いておらず、「小売業は遅れている」と一括りにする前に、取扱商品のカテゴリを確認する必要がある業種です。詳しくは小売業の経営課題6選で解説しています。

⑤士業|「必要」96%と「積極的取組み」16%の大きな乖離

株式会社ミロク情報サービス(MJS)が2025年7月に実施した「会計事務所白書2025」(企業・事業主686名、会計事務所職員212名の計898名が回答)によると、業務のデジタル化を「必要」と考える会計事務所は96%に達する一方、実際に「積極的に取り組んでいる」と回答したのは16%にとどまりました。課題として最も多く挙げられたのは「コスト・時間の問題」で23%です(出典)。士業は「必要性の認識」では業界内の合意がすでに取れているにもかかわらず、実装が追いついていない典型例といえます。詳しくは士業の経営課題6パターンで解説しています。

⑥IT・情シス業|DXを支える側自身が「人材の大幅不足」62.1%

IPAの「DX動向2024」調査(2024年2〜5月実施、回収1,013社)によると、DXを推進する人材の「量」が「大幅に不足している」と回答した企業の割合は、2021年度の30.6%から2023年度には62.1%へと倍増しており、調査開始以来はじめて過半数を超えました(出典)。他業種のDXを支える立場であるIT/情シス業自身が、深刻な人材不足に直面しているという二重構造が特徴です。詳しくはIT/情シス業の経営課題6パターンで解説しています。

⑦飲食業|経営者の関心3割強、消費者の利用経験は67.5%と逆転

ホットペッパーグルメ外食総研「2025年度 飲食店経営者のDXに対する興味・関心と導入状況・効果の調査」(対象813人、2025年3月実施)によると、デジタルツール導入への興味・関心を持つ経営者は3割強にとどまっています(出典)。一方、同研究所「外食店利用時の注文ツールの利用実態・意向調査」(2025年8月実施)では、セルフオーダーの利用経験率は67.5%に達しています(出典)。経営者側の導入意欲より消費者側の利用実態が先行しているという、他業種にはあまり見られない「逆転」が起きている業種です。詳しくは飲食業の経営課題6選で解説しています。

⑧宿泊業|省力化投資の補助制度は継続、単独データは未確認

観光庁は「省力化投資補助事業(宿泊業向け人材不足対策事業)」の特設サイトを継続して運用しており、宿泊業の人手不足・省力化投資を後押しする政策が続いています(出典)。ただし、宿泊業(旅館・ホテル)単独のDX・セルフチェックイン等の導入率を示す確度の高い一次統計は、本記事執筆時点で確認できておらず要検証です。政策的な後押しが続いていること自体が、業界としての導入がまだ発展途上であることを示唆していると考えられます。詳しくは宿泊業の経営課題6選で解説しています。

⑨介護福祉業|補助事業の利用事業所数が2年で27倍に

厚生労働省「介護テクノロジー導入支援事業(ICT導入支援事業)」は、介護記録ソフト・タブレット・Wi-Fi環境整備等の導入費用に対し最大4分の3(特定の組み合わせでは5分の4)を補助する制度です。この補助事業の利用事業所数は令和元年度の195事業所から令和3年度には5,371事業所へと増加しています(出典)。補助制度の利用が急拡大してきたこと自体が、現場のICT導入がまだ発展途上であることを示していると考えられます。詳しくは介護福祉業の経営課題6選で解説しています。

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業種を超えて共通する、DXが遅れる4つの構造

9業種を横断して見ると、DXの遅れの背景には業種の壁を超えて共通する構造要因が浮かび上がります。個別の業種特有の事情に見えるものも、突き詰めるとこの4つのどれかに行き着くケースが多いといえます。

①価格転嫁力の弱さ

投資余力はまず収益力に左右されます。経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間フォローアップ調査」によると、製造業の価格転嫁率は54.2%(2026年3月調査)、小売業は53.5%(2025年9月調査)でした(出典出典)。一方、帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2025年7月)」では、飲食業は32.3%、旅館・ホテルは24.9%と、消費者に近い川下の業種ほど転嫁が難しい傾向が示されています(出典)。コスト増を価格に転嫁できなければ、その分は利益から吸収するしかなく、DXに回せる投資余力はさらに細ります。

②人手不足でIT人材どころではない

運送業のデジタコ、飲食業のセルフオーダー、介護福祉業の記録ソフトなど、多くの業種でDXツールの目的は「省人化」そのものです。しかし導入・運用を担う人手自体が不足していると、ツールを選定・設定・定着させる工数を捻出できません。IT/情シス業でDX推進人材の「大幅不足」が62.1%に達しているように(前述)、DXを進める側の人材不足がボトルネックになっている業種もあります。「人が足りないからDXが必要」であると同時に、「人が足りないからDXに着手できない」という逆説が、複数の業種で同時に起きています。

③経営層高齢化・後継者不在

新しいシステムへの投資判断は経営層が下します。帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」によると、建設業の後継者不在率は57.3%で調査対象業種の中でも高い水準でした(出典)。士業でも、開業税理士(個人事務所の所長)に絞ると60〜79歳の合計が55.9%に上るとされています(出典出典)。事業承継のめどが立っていない状況では、数年単位で投資回収を見込む新規システム投資の意思決定自体が先送りされやすくなります。

④多重下請け構造

建設業・運送業・IT/情シス業など、元請から二次請け・三次請けへと業務が再委託される多重下請け構造を持つ業種では、下位の階層ほど価格交渉力が弱く、投資余力も乏しくなる傾向があります。前述の価格転嫁率の調査でも、取引階層が深くなるほど転嫁の割合が低くなる傾向が報告されています。DXの遅れを「業界全体」で語るのではなく、「元請か下請か」「どの階層に位置するか」という切り口で見ると、同じ業種内でも投資余力の差が大きいことが見えてきます。

業界別比較表

ここまでの内容を1つの表に整理しました。指標の性質が業種ごとに異なるため単純な順位付けはできませんが、「何が」「どのデータで」遅れを示しているのかを横断的に見るための一覧として活用してください。

業種象徴的なデータ出典遅れの主因(要約)
製造業資本装備率が先進国比で低水準2026年版ものづくり白書収益力の低い企業ほど投資に消極的
建設業BIM/CIM原則適用は直轄工事のみ(2023年度〜)国土交通省地場中小への浸透度データが未確認(要検証)
運送業デジタコ装着率 9両以下43.4% vs 30両以上77.5%国土交通省アンケート(2024年5〜6月)小規模事業者ほど費用対効果を感じにくい
小売業物販系EC化率9.78%(カテゴリ別4.52%〜43.03%)経済産業省取扱商品によってEC化の余地に大きな差
士業デジタル化「必要」96% vs「積極的取組み」16%ミロク情報サービス 会計事務所白書2025認識と実装の乖離、コスト・時間の制約
IT・情シス業DX推進人材「大幅に不足」62.1%(2021年度30.6%から倍増)IPA DX動向2024DXを支える側自身の人材不足
飲食業経営者のデジタル関心3割強 vs セルフオーダー利用経験67.5%ホットペッパーグルメ外食総研2025年経営者の意欲より消費者の利用実態が先行
宿泊業省力化投資補助事業が継続中観光庁宿泊業単独のDX導入率データが未確認(要検証)
介護福祉業導入支援事業の利用事業所数 195→5,371(令和元→3年度)厚生労働省補助拡大自体が導入途上を示唆

商談前にDX成熟度をどう見立てるか

ここまで見てきたように、「DXが遅れている業界」を一律に語ることはできず、業種ごとに指標も理由も異なります。商談前リサーチで意識したいのは、業種名だけで「この業界は遅れているはず」と決めつけず、①その企業がサプライチェーンのどの階層に位置するか(元請か下請か)②価格転嫁ができているか(粗利率の推移)③経営層の年齢・後継者の有無④求人票や公式サイトでのツール・システムへの言及、といった一次情報から個社ごとに当たりをつける姿勢です。これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、業種の一般論と個社の実態を突き合わせる作業そのものを効率化できます。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で、リサーチ自体の時間短縮の考え方は企業リサーチの時間を10分の1にする方法で解説していますので、あわせて活用してください。

よくある質問

結局、DXが最も遅れている業界はどこですか

一つの業界に絞ってランキング化することはできません。DXの「遅れ」を測る指標が業種によってまったく異なり(運送業ならデジタコ装着率、小売業ならEC化率、士業なら認識と実装の乖離など)、同じ物差しで比較できないためです。9業種の一次データを横断して見ると、「業界全体が一律に遅れている」というより「業界内での差(規模・取扱商品・立場)のほうが大きい」ケースが目立ちます。

業種を超えて共通する、DXが遅れる要因は何ですか

9業種を横断すると、①価格転嫁力の弱さ②人手不足でIT人材どころではない③経営層高齢化・後継者不在④多重下請け構造という4つの構造要因が共通して浮かび上がります。個別の業種特有の事情に見えるものも、突き詰めるとこの4つのどれかに行き着くケースが多いといえます。

DXの遅れと人手不足はどう関係していますか

多くの業種でDXツールの目的は「省人化」そのものですが、導入・運用を担う人手自体が不足していると、ツールを選定・設定・定着させる工数を捻出できません。IT/情シス業でDX推進人材の「大幅不足」が62.1%に達しているように、DXを進める側の人材不足がボトルネックになっている業種もあり、「人が足りないからDXが必要」であると同時に「人が足りないからDXに着手できない」という逆説が複数の業種で同時に起きています。

商談前にDX成熟度をどう見立てればよいですか

業種名だけで「この業界は遅れているはず」と決めつけず、①その企業がサプライチェーンのどの階層に位置するか(元請か下請か)②価格転嫁ができているか(粗利率の推移)③経営層の年齢・後継者の有無④求人票や公式サイトでのツール・システムへの言及、といった一次情報から個社ごとに当たりをつけることが重要です。

まとめ

「DXが遅れている業界」を9業種の一次データで横断比較すると、製造業は収益力不足による投資余力の乏しさ、建設業は制度が直轄工事にとどまり地場中小への浸透度が見えないこと、運送業は事業規模による装着率の差、小売業は取扱商品によるEC化率の開き、士業は「必要」96%と「積極的取組み」16%という認識と実装の乖離、IT/情シス業はDXを支える側自身の人材不足、飲食業は経営者と消費者の温度差、宿泊業と介護福祉業は補助制度の存在自体が導入途上を物語っている、というように、遅れの中身は業種ごとにまったく異なります。一方で、価格転嫁力の弱さ・人手不足・経営層高齢化と後継者不在・多重下請け構造という4つの構造要因は、業種の壁を超えて共通しています。「この業界はDXが遅れている」という一般論だけで商談準備を終わらせず、相手企業がどの構造要因を抱えているのかを一次情報から見立てることが、決裁者に届く提案につながります。