結論から: 介護福祉業は他業種と異なり、収益の根拠となる介護報酬が国の定める公定価格であり、事業者側の判断で自由に価格転嫁できない構造を持っています。加えて団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」で需要は拡大が見込まれる一方、その需要を支える介護職員の確保は全産業の中でもとりわけ難しい状況です。有効求人倍率3.97倍という深刻な人手不足、需要を待たない緊急的な処遇改善の臨時改定、記録業務中心のDX・ICT化の遅れ、訪問介護を中心とした倒産・休廃業の増加、そして人手不足倒産の急増という、需要拡大と担い手不足が同時進行する複数の課題が絡み合っています。本記事では、介護福祉業に特有の経営課題を6パターンに整理し、それぞれ商談前リサーチでどこに着目すればよいかを出典付きで解説します。

介護福祉業の経営課題を、なぜ他業種と分けて見る必要があるのか

中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただし介護福祉業は、収益の根拠となる介護報酬が国の定める公定価格であり、原材料費やエネルギーコストが上昇しても事業者側の判断で自由に価格転嫁できない構造を持つ点で、他の多くの業種と一線を画します。加えて、団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」によって介護需要そのものは拡大局面が続く一方、その需要を支える介護職員の確保は全産業の中でもとりわけ難しいとされています。需要拡大と担い手不足が同時進行するという組み合わせこそが、介護福祉業の経営課題を読み解くうえでの出発点になります。

介護福祉業の全体像を数字で見る

個別の課題に入る前に、業界全体の需給構造を確認します。内閣府「令和7年版高齢社会白書」によると、令和6年10月1日現在で75歳以上人口は2,078万人(総人口比16.8%)、65歳以上人口は3,624万人(高齢化率29.3%)に達しています(出典)。厚生労働省「令和5年度介護保険事業状況報告(年報)」(2025年8月28日発表)によると、令和6年3月末時点の要介護・要支援認定者数は708万人(前年度比+14万人・+2.0%)で、第9期介護保険事業計画ベースの2025年度見込みは717万人とされています。一方、厚生労働省が令和6年7月12日に公表した第9期計画に基づく介護職員必要数の推計では、2022年度の約215万人から2026年度には約240万人(+約25万人、年6.3万人ペース)、2040年度には約272万人(+約57万人、年3.2万人ペース)まで増員が必要とされています。需要側の伸びが年2%前後で推移する一方、供給側は年6万人超という高いペースでの増員が求められる非対称な構造があることが、この数字から読み取れます。

介護福祉業の経営課題、主要な6パターン

ここからは、介護福祉業に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。

①2025年問題による介護需要急増と追いきれない供給構造

前述の通り、要介護・要支援認定者数は令和6年3月末時点で708万人(前年度比+2.0%)、2025年度見込みは717万人とされる一方、厚生労働省の推計では必要な介護職員数は2026年度に約240万人、2040年度には約272万人まで増やす必要があるとされています。認定者数の伸びが年2%前後であるのに対し、必要職員数は2026年度までの4年間で年6.3万人ペースという高い伸びが求められており、この需給ギャップが後述の各課題の土台になっていると考えられます。相手企業がどの程度の要介護度の利用者に対応しているか、入所待機者の有無、施設・事業所の稼働率は、この需給ギャップへの向き合い方を推測する手がかりになります。

②公定価格ゆえの価格転嫁の難しさと介護報酬改定という綱引き

2024年度の介護報酬改定率は+1.59%(処遇改善分0.98%+その他0.61%)でしたが、内訳では訪問介護の基本報酬が引き下げられました。令和8年度(2026年度)は本来3年に1度の改定サイクルの端境期にあたりますが、介護職員数が統計開始以来初めて減少に転じたこと、全産業の賃上げ率5.25%に対し介護職の賃上げが2.0%程度にとどまる格差を背景に、2026年6月1日施行で処遇改善加算を中心とした臨時改定(改定率+2.03%、処遇改善1.95%・食費基準費用額の見直し0.09%)が行われました。対象は介護職員限定から介護従事者全体に拡大され、訪問看護・訪問リハビリテーション・居宅介護支援等にも新たに加算が設けられており、介護職員一人あたり月最大1.9万円(6.3%相当)の処遇改善を目指すとされています。本来の改定サイクルを待たない緊急的な措置が講じられたこと自体、既存の処遇改善加算だけでは賃金格差の是正や人材確保が追いついていないことの表れと考えられます。加算の算定状況、求人票での時給・賞与の記載、サービス種別の見直しの有無は、この課題への対応度を推測する手がかりになります。

③深刻な人手不足|有効求人倍率3.97倍と埋まらない賃金格差

厚生労働省・社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会(第1回、2025年5月9日)資料によると、令和7年3月時点の介護関係職種の有効求人倍率は全国平均3.97倍で、職業計の1.26倍を大きく上回っています。都道府県別では東京都7.65倍・奈良県5.25倍・岐阜県4.63倍と高い一方、岩手県2.14倍・秋田県2.27倍など地域差も見られます。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」に基づく分析では、介護職員の給与(賞与込み)は月31.4万円、全産業平均は月39.6万円とされ、月8.2万円の差があるとされています(この差分の算出方法・対象年度は本記事執筆時点で一次資料から確認できておらず要検証です)。一方、公益財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査」(2025年7月28日発表、令和6年度分)によると、介護職員の離職率は12.4%で、調査開始(2005年度)以降で最低となりました。全産業平均の離職率15.4%(令和5年・厚生労働省雇用動向調査)を下回る水準です。離職率が改善傾向にあるにもかかわらず有効求人倍率の高さが解消していないという事実は、「辞める人は減っても応募が集まらない」という採用難のほうがより深刻な課題であることを示唆しています。求人媒体での募集頻度・掲載期間、時給・賞与の水準、外国人材受け入れの有無は、人手不足の深刻度を推測する手がかりになります。

④記録業務を中心としたDX・ICT化の遅れ

厚生労働省「介護テクノロジー導入支援事業(ICT導入支援事業)」は、介護記録ソフト・タブレット・Wi-Fi環境整備等の導入費用に対し最大4分の3(特定の組み合わせでは5分の4)を補助する制度です(出典)。この補助事業の利用事業所数は令和元年度の195事業所から令和3年度には5,371事業所へと増加しており、補助制度が拡大してきたこと自体が、現場のICT導入がまだ発展途上であることを示していると考えられます。介護記録の電子化率を「50.1%」とする調査も見られますが、調査主体・実施年・調査条件を本記事執筆時点で一次確認できておらず、要検証情報として参考にとどめます。求人票での「ICT・介護ソフト経験者歓迎」といった記載、見守りセンサー・インカム等の機器導入の有無は、DX対応の進み具合を確認できる手がかりです。

⑤倒産・休廃業の増加|訪問介護で顕著な淘汰

東京商工リサーチ「『介護事業者』倒産動向」(2026年1月9日発表、2000年以降の負債1,000万円以上を対象)によると、2025年の介護事業者の倒産は176件(前年比+2.3%)で、2年連続で過去最多を更新しました。サービス別では訪問介護が91件(+12.3%)で3年連続最多となったほか、認知症グループホームは9件と前年の2件から急増しています(出典)。一方、帝国データバンク「『老人福祉事業者』倒産動向」(2026年2月17日発表、負債1,000万円以上・法的整理対象)では、倒産件数は139件(前年比-0.7%)で、サービス別ではデイサービスが49件で最多、訪問介護が43件と続いています(出典)。両調査で件数や傾向が異なるのは集計対象・定義の違いによるものであり、どちらかが誤っているというわけではありません。ただし、訪問介護が両調査に共通して主要因の一つとなっている点は、前述した人手不足の直撃を裏付けるものと考えられます。相手企業の主力サービス種別は、この課題への当たりをつける重要な手がかりになります。

⑥人手不足倒産の急増という新たなシグナル

帝国データバンクの調査では人手不足倒産が21件(前年14件から+50%)、東京商工リサーチの調査でも人手不足倒産が29件(前年比+45.0%、介護事業者倒産全体の中で最多の要因)となっています。両調査は対象範囲が異なるものの、近い伸び率を示している点は、実態としての傾向とみてよいと考えられます。有効求人倍率3.97倍という慢性的な採用難が続く業種であることを踏まえると、資金繰り自体は維持できていても、人員配置基準を満たせず事業継続を断念するケースが増えている可能性があります。求人の応募数・充足率、複数事業所を展開している場合は一部事業所の休止・縮小の動きがないかも、あわせて確認しておきたい視点です。

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規模・サービス種別による差にも目を向ける

介護福祉業の経営課題は、サービス種別・規模・法人形態によっても濃淡があります。前述の通り、訪問介護は東京商工リサーチ・帝国データバンクの両調査で倒産・人手不足倒産の主要因となっており、移動時間の発生やシフトの柔軟対応が求められる分、人材確保の難易度がより高いと考えられます。一方、特別養護老人ホームのような入所系施設は、固定資産や大規模な人員体制を抱える分、経営が悪化した際の影響範囲が大きくなりやすい傾向があります。また、社会福祉法人・医療法人・営利法人といった法人形態によって資金調達手段や意思決定の速度が異なる点にも注意が必要です(業界横断の規模別・法人形態別の経営指標を示す一次統計は本記事執筆時点で確認できておらず要検証です)。相手企業がどのサービス種別を主力としているか、単独事業所か複数事業所展開か、法人形態は何かは、商談前に確認しておきたい基本情報です。

商談前に見ておきたい介護福祉業特有の公開情報

介護福祉業の企業をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・決算・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。

  • サービス種別: 訪問介護・デイサービス・入所系施設(特養等)・認知症グループホームなど、サービス種別によって倒産リスクや人手不足の深刻度の水準が異なる。
  • 処遇改善加算の算定状況: 2026年6月からの対象拡大(介護従事者全体・訪問看護等への拡大)への対応状況。
  • 求人・人員体制: 有効求人倍率3.97倍を踏まえた募集頻度・時給・賞与の水準、外国人材受け入れの有無。
  • DX対応状況: 介護記録ソフト・見守りセンサー等の導入有無、求人票でのICTツール経験者歓迎の記載。
  • 代表者・法人の状況: 法人形態(社会福祉法人・医療法人・営利法人)、後継者不在率は介護福祉業単独の一次資料が確認できないため全業種平均50.1%(帝国データバンク2025年11月発表)を参考情報として扱う(要検証)。

これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。介護福祉業の経営課題は飲食業の経営課題6選|人手不足・価格転嫁・倒産動向を数字で読み解く運送業の経営課題|2024年問題・ドライバー不足を出典付きで整理で扱った業種とも、規制産業ゆえの価格転嫁の難しさ・人手不足倒産の多さという点で通じる部分がありますが、需要自体が構造的な拡大局面にある点は他業種と異なる特徴です。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で、仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説していますので、あわせて活用してください。

よくある質問

介護福祉業の経営課題は結局「人手不足」に集約されるのですか

人手不足(有効求人倍率3.97倍)は重要な課題の一つですが、公定価格ゆえの価格転嫁の難しさ、2026年6月の緊急的な処遇改善臨時改定、記録業務中心のDX遅れ、訪問介護中心の倒産・休廃業増加、人手不足倒産の急増など複数の課題が絡み合っています。本記事の6パターンを個別に確認することを推奨します。

2025年問題が過ぎれば介護業界の需要増は落ち着くのですか

「2025年問題」は団塊世代が75歳以上になる節目を指す言葉ですが、要介護・要支援認定者数の増加自体は2025年で止まりません。厚生労働省の推計でも必要介護職員数は2026年度の約240万人から2040年度には約272万人まで増え続ける見通しで、需要拡大の局面は当面続くと考えられます。

処遇改善加算を算定していれば、その事業所の人手不足は解消に向かっていると考えてよいですか

一概にはいえません。処遇改善加算の拡充は繰り返し行われてきましたが、厚生労働省の統計に基づく分析では介護職員と全産業の賃金格差は依然として大きいとされています。2026年6月の臨時改定も本来のサイクルを待たない緊急的な措置として行われた経緯があり、加算の算定状況だけでなく実際の求人充足状況・離職状況もあわせて確認することが望ましいといえます。

介護福祉業のDXは本当に遅れているのですか

厚生労働省が介護記録ソフト等の導入費用を補助する「介護テクノロジー導入支援事業」を継続し、対象事業所数も拡大させてきたこと自体が、現場でのICT導入がまだ十分に進んでいないことを示唆していると考えられます。ただし、介護福祉業単独での記録電子化率を示す確度の高い一次統計は本記事執筆時点で確認できておらず、要検証です。

まとめ

介護福祉業の経営課題は、①2025年問題による介護需要急増と追いきれない供給構造②公定価格ゆえの価格転嫁の難しさと介護報酬改定という綱引き③深刻な人手不足、有効求人倍率3.97倍と埋まらない賃金格差④記録業務を中心としたDX・ICT化の遅れ⑤倒産・休廃業の増加、訪問介護で顕著な淘汰⑥人手不足倒産の急増という新たなシグナル、という6パターンに整理すると、公開情報から当たりをつけやすくなります。要介護・要支援認定者数が708万人から2025年度717万人へと伸びる一方、必要介護職員数は2026年度約240万人・2040年度約272万人まで増員が求められていること、有効求人倍率が全国平均3.97倍に達していること、介護事業者の倒産・休廃業が訪問介護を中心に高止まりしていることからも、需要拡大と担い手不足が同時進行するという構造がうかがえます。個社の状況を決めつけず、サービス種別・処遇改善加算の算定状況・求人や人員体制・DX対応状況・法人の状況といった一次情報で仮説を検証しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。