漁業の経営課題を、なぜ他業種と分けて見る必要があるのか
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただし漁業は、天然資源(魚)を対象とするため漁獲量そのものを自社努力だけでコントロールしきれない点、燃油費という国際市況に直結するコストが収益を大きく左右する点、個人の漁業者と漁協・水産会社などの団体経営体が混在する点など、他業種とは異なる力学が働く業種です。農林水産省・水産庁は5年に一度「漁業センサス」という全数調査を実施しており、直近の2023年漁業センサスの結果は2024年8月30日に概数値が、その後確定値が公表されています(出典)。この全数調査の存在自体が、漁業の構造変化がどれだけ政策的に注視されているかを物語っています。
漁業の全体像を数字で見る
個別の課題に入る前に、漁業の担い手構造と生産量がどう変化してきたかを確認します。水産庁「令和6年度水産白書」によると、令和5年(2023年)の漁業就業者数は12万1,389人で、前年比1.4%減少しました。漁業就業者全体に占める割合を見ると、65歳以上と39歳以下の双方が増加傾向にあり、中間層の担い手が薄くなる構造がうかがえます(出典)。一方、農林水産省「2023年漁業センサス結果の概要(概数値)」によると、全国の海面漁業の漁業経営体数は6万5,652経営体で、5年前(2018年)に比べ17.0%減少しました(出典)。担い手の高齢化と経営体数の急減が同時に進む中、生産量や燃油費負担、DXの進み具合には業種特有のクセがあり、公開情報から経営課題の当たりをつけるには、この構造を理解しておくことが欠かせません。
漁業の経営課題、主要な6パターン
ここからは、漁業に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。
①担い手不足・高齢化と外国人労働力への依存
前述の通り、漁業就業者数は令和5年(2023年)時点で12万1,389人、前年比1.4%減少しました。65歳以上・39歳以下の双方が就業者全体に占める割合を増やしている点は、農業・林業とも異なる特徴的な構造です(出典)。新規漁業就業者数は令和5年度に1,733人(前年度比2.5%増)で、このうち約7割を39歳以下が占めていますが、絶対数としては年間2,000人に満たない水準が続いています(出典)。あわせて注目したいのが外国人労働力です。令和6年12月末時点で、特定技能外国人は漁業分野1号2,127人・養殖業分野1号1,361人・漁業分野2号2人、マルシップ方式による外国人乗組員は3,565人に上ります(出典)。国内の担い手だけでは労働力を維持できず、外国人材への依存度が構造的に高まっている実態は、求人票や乗組員募集の記載から読み取れる場合があります。
②漁業経営体数の急減(個人と団体で差が開く)
2023年漁業センサス(概数値)によると、全国の海面漁業の漁業経営体数は6万5,652経営体となり、5年前に比べ17.0%減少しました。内訳を見ると、主として養殖業を営む経営体の減少率は12.8%と経営体全体より緩やかで、団体経営体の減少率は6.1%とさらに緩やかでした。団体経営体の中でも会社形態の経営体はむしろ3.8%増加しています(出典)。全体で17.0%減っているのに団体経営体は6.1%減にとどまっているということは、個人経営体(特に養殖以外の沿岸漁業を営む個人)がそれ以上の速さで減少していると推測できます。相手が個人の漁業者か、漁協・水産会社などの団体経営体かによって、後継者不足への向き合い方や意思決定プロセスが大きく変わる点は、商談前リサーチでも意識しておきたいポイントです。
③国内生産量の長期的な減少
農林水産省「令和6年漁業・養殖業生産統計」によると、令和6年(2024年)の漁業・養殖業生産量は363万4,800トンで、前年比5.1%減少しました。内訳は海面漁業が278万7,100トン(前年比4.8%減)、海面養殖業が80万1,200トン(同5.9%減)です(出典)。より長期で見ると、日本の漁業・養殖業生産量は昭和59年(1984年)に1,282万トンでピークを迎えた後、マイワシ漁獲量の急減などを背景に平成7年(1995年)頃にかけて急速に減少し、令和5年(2023年)時点の383万トンはピーク時の約3分の1の水準にとどまっています(出典)。「今年減った・増えた」という単年の変動だけでなく、40年単位で構造的に縮小してきた市場であるという前提を持っておくことが、漁業経営体の事業計画を見立てる際の土台になります。
④燃油価格高騰と漁業所得への圧迫
水産庁「令和6年度水産白書」によると、油費が漁労支出に占める割合は、直近5か年平均で沿岸漁船漁業を営む個人経営体及び漁船漁業を営む会社経営体で約16%を占めています(出典)。実際の所得への影響も表れており、同白書によると令和5年度の沿岸漁船漁業を営む個人経営体の漁業所得は219万円で前年から33万円減少しました。一方、海面養殖業を営む個人経営体の漁業所得は1,533万円で前年から471万円増加しており、業態によって明暗が分かれています。漁船漁業を営む会社経営体は営業利益1,104万円で4年ぶりの黒字化となりましたが、漁労利益そのものは3,274万円の赤字であり、漁業本業以外の収入や補助金等で全体を下支えしている構図がうかがえます(出典)。燃油費という自社努力で下げにくいコストが収益を圧迫する構造は、決算書があれば粗利率の推移から読み取れる場合があります。決算書の読み方は決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標で解説しています。
⑤スマート水産業・漁業DXの掛け声と現場のギャップ
水産庁は、ICT・IoT等の先端技術を活用し水産資源の持続的利用と水産業の持続的成長の両立を目指す「スマート水産業」を推進しており、資源評価機関・漁業養殖業者・加工流通業者が三位一体でデータを活用する「水産業データ連携基盤」を稼働させ、2027年までに次世代の水産業の実現を目指すとしています(出典)。ただし、こうした基盤整備が個々の漁業経営体の現場までどれだけ浸透しているかは経営体によって差が大きいのが実態です。前述の通り、漁業経営体の6割以上を占める個人経営体は減少ペースが速く、投資余力そのものが乏しいケースも少なくありません。求人票やホームページでICT機器・スマートブイ・漁場情報システムなどへの言及があるかは、DXへの投資姿勢を推測する手がかりになります。
⑥深刻な労働災害・海難事故リスク
水産庁「令和3年度水産白書」によると、漁業における災害発生率は陸上における全産業の平均の5倍という高い水準が続いています。令和3年(2021年)には、漁船海難による死者・行方不明者が29人、海中転落による死者・行方不明者が38人(海中転落者総数65人)発生しました(出典)。高齢化が進む中で自然環境に直接さらされる作業に従事する担い手が多いという構造は、他業種の労働安全課題とは切り離して考える必要があります。ライフジャケットの着用推進、安全講習の実施状況、船舶の安全設備への投資などは、経営体が担い手の安全にどれだけ投資しているかを推測する材料になります。
個人経営体から漁協・水産会社へ―経営形態による差にも目を向ける
漁業の経営課題は、個人の漁業者か、漁協・水産会社などの団体経営体かによっても濃淡が異なります。前述の通り、2023年漁業センサスでは経営体全体が5年で17.0%減少する中、団体経営体の減少率は6.1%、そのうち会社形態は3.8%増加という対照的な動きを見せています(出典)。個人の漁業者が燃油費高騰や後継者不在への対応で厳しさを増す一方、法人化した水産会社は相対的に投資余力や事業継続の選択肢を持ちやすい傾向がうかがえます。相手が個人の漁業者か、漁協・水産会社(法人)かは、経営課題への向き合い方や意思決定のスピード、投資判断の主体を見立てるうえで欠かせない視点です。仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説しています。
商談前に見ておきたい漁業特有の公開情報
漁業の経営体をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・決算・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- 経営形態: 個人の漁業者か、漁協・水産会社(法人)かによって、意思決定のスピードや投資余力が異なる。
- 漁業種類: 沿岸漁船漁業か、養殖業か、遠洋・沖合漁業かによって、燃油費負担の大きさや所得動向の明暗が分かれる。
- 乗組員・人員の国籍構成: 求人票や船員募集の記載から、外国人労働力への依存度を推測する。
- ICT・スマート水産業関連の設備投資: スマートブイ、漁場情報システム等への言及の有無から、DXへの投資姿勢を読み取る。
- 安全対策への取り組み: ライフジャケット着用推進や安全講習の実施状況など、担い手への投資姿勢のサイン。
- 燃油高騰対策への言及: 省燃油操業や燃費改善への取り組みに関する発信の有無。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で解説していますので、あわせて活用してください。
よくある質問
漁業の経営課題は人手不足だけですか
担い手不足・高齢化は大きな課題の一つですが、それだけではありません。2023年漁業センサスによると漁業経営体数は5年で17.0%減少しており、経営体数そのものの急減が同時に進んでいます。加えて生産量の長期的な減少、燃油価格高騰による所得圧迫、労働災害リスクの高さなど、複数の要因が絡み合っているのが実態です。
なぜ漁業のDXは遅れていると言われるのですか
水産庁は「水産業データ連携基盤」の稼働など、スマート水産業の推進を政策として掲げていますが、実際に投資できるかどうかは経営体によって差が大きいのが実態です。漁業経営体の多くを占める個人経営体は5年で急減しており、燃油費高騰で所得が圧迫される中、ICT機器などへの新規投資に踏み切れる経営体は限られます。「政策として推進されている」ことと「現場に浸透している」ことは別問題であり、個社の投資余力を決算書や設備投資の発信状況から確認することが重要です。
水産物の価格が高騰していると聞きますが、漁業者の収益は上がっていますか
一律に「収益が上がっている」とは言い切れません(諸説あり)。水産庁「令和6年度水産白書」によると、令和5年度の沿岸漁船漁業を営む個人経営体の漁業所得は219万円で前年から33万円減少した一方、海面養殖業を営む個人経営体の漁業所得は1,533万円で前年から471万円増加しており、漁業種類によって明暗が分かれています。燃油費が漁労支出の約16%を占める構造がある中、水産物価格の上昇分がそのまま漁業者の手取りに反映されているとは限らず、個社の決算・所得動向を確認することをおすすめします。
まとめ
漁業の経営課題は、①担い手不足・高齢化と外国人労働力への依存②漁業経営体数の急減(個人と団体で差が開く)③国内生産量の長期的な減少④燃油価格高騰と漁業所得への圧迫⑤スマート水産業・漁業DXの掛け声と現場のギャップ⑥深刻な労働災害・海難事故リスクという6パターンに整理すると、公開情報から当たりをつけやすくなります。2023年漁業センサスが示すように、漁業では個人経営体の急減と団体経営体(特に会社形態)の相対的な底堅さという構図が見えており、担い手・燃油費対応・DX投資・安全対策のいずれも、経営形態や漁業種類によって向き合い方が大きく異なります。個社の状況を決めつけず、経営形態や漁業種類、決算情報といった一次情報で仮説を検証しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。