建築設計事務所を「建設業」の一部として括らない理由
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただし建築設計事務所は、建築士法に基づく都道府県知事の登録(建築士事務所登録)が事業の前提で、工事を請け負う建設業とは許可・統計・収益構造がまったく別の制度に乗っています。報酬の源泉は施工ではなく設計・工事監理という業務そのもので、経営の前提は「資格を持つ人」と「登録を維持する体制」にあります。商談前に、相手が一級・二級・木造のどの区分の事務所か、個人か法人か、設計のみか工事監理も行うかを確認することが出発点になります。
業界の全体像を数字で見る
国土交通省の「建築士登録状況」(各年4月1日時点)で、建築士事務所の登録数は次のように推移しています(令和7年、令和2年)。
- 合計: 令和2年100,042件→令和6年94,010件→令和7年92,255件。5年で7,787件(7.8%)減、直近1年では1,755件(1.9%)減(当社計算)。
- 区分別: 令和7年は一級建築士事務所68,549件、二級建築士事務所23,549件、木造建築士事務所157件。令和2年と比べ、一級は6,183件(8.3%)減、二級は1,546件(6.2%)減(当社計算)。
- 個人と法人: 令和7年は個人35,173件・法人57,082件。令和2年(個人40,302件・法人59,740件)から、個人は5,129件(12.7%)減、法人は2,658件(4.4%)減で、法人の比率は59.7%から61.9%に上がりました(当社計算)。
- 地域: 令和7年の都道府県別では東京都13,801件、大阪府6,005件、神奈川県5,596件、愛知県4,687件。この4都府県で全体の32.6%(当社計算)、東京都だけで15.0%を占めます。
なお、登録件数は「登録簿に載っている事務所の数」であり、実際に稼働している設計業務の量や売上を表すものではありません。減少の理由(廃業、登録更新の未実施、法人化・統合など)も、この統計だけでは読み取れません。
建築設計事務所の経営課題、主要な6パターン
ここからは、建築設計事務所に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。
①事務所数の緩やかな減少と、個人事務所の減り方
建築士事務所は5年で7.8%減り、とくに個人事務所は12.7%減と、法人(4.4%減)より減少幅が大きくなっています。一人または少人数で運営する個人事務所は、代表者の高齢化や体調、特定の取引先への依存の影響を受けやすい形態です。ただし、減少の背景を統計から断定することはできません。公開情報では、代表者の年齢、事務所の沿革、承継や他事務所との連携に関する発信がサインになります。
②技術者の高齢化と、将来の担い手の確保
国土交通省の資料によると、令和6年4月1日時点で事務所に所属する一級建築士は50代35,491人(26.4%)、60代33,054人(24.6%)、70代以上25,538人(19.0%)で、60代以上は約44%です。同資料は、平成20年の推計値では60歳以上が約12%だったと示しています。さらに、現在の傾向が維持される場合の試算として、所属建築士数は30年後に約14.0万人から約6.9万人へ半減するとしています(試算であり、確定した将来の数字ではありません)。設計業務の質は資格者の経験に強く依存するため、採用ページの募集条件、若手の配置、技術の引き継ぎ体制は、経営課題を読む手がかりになります。
③登録の維持と、専任の管理建築士という体制要件
建築士法第23条により、建築士事務所の登録の有効期間は5年で、設計等を業として続けるには更新の登録が必要です。第24条は、事務所ごとに専任の管理建築士を置くことを開設者に求めており、管理建築士は建築士として3年以上の設計等の業務に従事した後、管理建築士講習を修了した者でなければなりません。また、第23条の6により、設計等の業務に関する報告書を毎事業年度経過後3月以内に登録した都道府県知事へ提出する必要があり、第22条の2では所属建築士に3年以上5年以内の定期講習の受講が求められます。小規模な事務所ほど、管理建築士一人の退職や高齢化が、事務所の存続要件に直結しやすい構造です。
④法改正への継続対応(建築基準法・省エネ基準)
国土交通省のリーフレットによると、2025年4月から全ての新築で省エネ基準への適合が義務化され、木造戸建住宅などの建築確認手続きも「4号特例」の見直しで変わりました。新2号建築物では、確認申請書・図書に加えて、構造関係規定等の図書と省エネ関連の図書の提出が必要になります。見直しの適用は、施行日(令和7年4月1日)以後に工事に着手するものからです(国土交通省の留意事項資料)。設計側は、図書の作成範囲や確認審査への対応が増えうるため、設計者の工数をどう確保し、業務報酬にどう反映するかが課題になりやすい領域です。ただし、実際の工数増加の程度や報酬への反映状況は、本稿では一次統計を確認できていません。
⑤契約・報酬まわりの実務(重要事項説明・書面交付・再委託の制限)
建築士法は、設計や工事監理の契約を締結しようとするときに、管理建築士等が書面を交付して重要事項を説明すること(第24条の7)、契約締結後に遅滞なく書面を交付すること(第24条の8)を開設者に求めています。説明事項には、作成する設計図書の種類、従事する建築士の氏名と資格の別、報酬の額と支払の時期、契約解除に関する事項などが含まれます。第24条の3では、委託者の許諾を得ても、受託した設計・工事監理を事務所の開設者以外の者へ委託すること、また延べ面積300平方メートル超の新築に係る業務を一括して他の事務所へ委託することを禁じています。設計等の業務に生じた損害に備える保険契約等は努力義務(第24条の9)で、国土交通大臣は報酬の基準を定めることができるとされています(第25条)。契約書式・説明資料・業務範囲の定義をどう標準化しているかが、実務負担と紛争リスクの両面で見るべき点です。
⑥個人から法人への比重移動と、都市部への集中
個人事務所の減少が法人より大きいため、法人比率は5年で2.2ポイント上昇しています。また、東京・大阪・神奈川・愛知の4都府県で事務所の約3分の1を占めます。地方の事務所は、登録事務所の数そのものが少なく、案件の地理的な範囲や協力先の選択肢も限られます。法人化の有無、本店所在地と受注エリア、他の事務所・施工会社・不動産会社との連携関係は、公開情報から確認できる材料です。
商談前に見ておきたい建築設計事務所特有の公開情報
建築設計事務所をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- 登録区分と体制: 一級・二級・木造のどの登録か。都道府県の事務所登録簿(閲覧可)、管理建築士の氏名、所属建築士の人数と資格の別。
- 業務範囲と実績: 住宅・非住宅・リフォーム・耐震診断・工事監理の別。公式サイトの実績ページ、受賞歴、官公庁の設計業務の受注情報。
- 法改正への対応状況: 省エネ計算・構造計算への対応(社内か外部委託か)、建築確認申請の代行範囲に関する記載。
- 契約・報酬の見せ方: 設計・監理料の考え方、業務の進め方の説明、契約前の説明資料の有無。
- 承継・採用の記載: 代表者・管理建築士の年齢、後継者に関する発信、設計スタッフ・CADオペレーターの募集条件。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。隣接する分野の建設業、測量業・建設コンサルタント、住宅リフォーム業の記事もあわせて確認すると整理しやすくなります。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で解説していますので、あわせて活用してください。決算書から利益率の傾向を掴む視点は決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標を参照してください。
よくある質問
建築士事務所は全国にいくつありますか?
国土交通省の建築士登録状況(令和7年4月1日時点)では、建築士事務所は92,255件です。内訳は一級68,549件、二級23,549件、木造157件で、個人が35,173件、法人が57,082件です。
建築士事務所の数はどのくらい減っていますか?
令和2年の100,042件から令和7年の92,255件へ、5年で7,787件(7.8%)減りました。個人事務所は12.7%減、法人事務所は4.4%減で、個人の減り方が大きくなっています。減少の理由は統計からは分かりません。
建築士事務所の登録は何年ごとに更新しますか?
建築士法第23条により、登録の有効期間は5年で、設計等を業として続けるには更新の登録が必要です。更新の申請時期や手数料は都道府県により異なるため、登録した都道府県の案内で確認してください。
管理建築士になるには何が必要ですか?
建築士法第24条により、建築士として3年以上の設計等の業務に従事した後、登録講習機関が行う管理建築士講習を修了した建築士である必要があります。管理建築士は事務所ごとに専任で置くことが求められます。
まとめ
建築設計事務所の経営課題は、①事務所数の緩やかな減少と個人事務所の減り方②技術者の高齢化と将来の担い手の確保③登録の維持と専任の管理建築士という体制要件④建築基準法・省エネ基準など法改正への継続対応⑤重要事項説明・書面交付・再委託の制限といった契約・報酬の実務⑥個人から法人への比重移動と都市部への集中、という6パターンに整理すると、公開情報から当たりをつけやすくなります。登録件数は5年で7.8%の減少にとどまる一方、所属一級建築士の約44%が60代以上という年齢構成が、この業種の中長期の課題を示しています。減少の理由や報酬水準など統計で確認できない部分は決めつけず、登録区分・体制・業務範囲・法改正への対応・承継の状況といった一次情報を確認しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。