社会保険労務士事務所を、士業全般・税理士・司法書士等の経営課題と分けて見る必要がある理由
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。士業全体の高齢化・後継者不在という共通構造は士業の経営課題6パターン|税理士事務所の高齢化と後継者不在の実態で扱っていますが、同記事は税理士・社会保険労務士・弁護士を横断比較する構成のため、社会保険労務士に固有の統計・制度動向までは踏み込んでいません。社会保険労務士事務所は、帝国データバンクの休廃業・解散率調査で独立した業種区分として集計されている点、そして社会保険労務士法に基づく社会保険・労働保険の電子申請代行や36協定届出代行という、税理士・会計事務所や司法書士・行政書士・弁理士には存在しない固有業務を持つ点で、他の士業とは別の統計系統・規制環境の下にあります。特に2025年1月の電子申請義務化拡大、2026年9月からの36協定監督運用見直しは社会保険労務士業務だけに直撃する制度変更であり、これらを踏まえて商談準備を進める必要があります。
社会保険労務士の登録者数と休廃業・解散率を数字で見る
個別の課題に入る前に、業種全体の構造を確認します。全国社会保険労務士会連合会 社会保険労務士総合研究機構「社会保険労務士白書2024年版」の「年度末登録者数の推移」によると、社会保険労務士の登録者数は令和2年度末(2021年3月末)43,474人→令和3年度末(2022年3月末)44,203人→令和4年度末(2023年3月末)44,870人→令和5年度末(2024年3月末)45,386人(前年度比+516人)と4年連続で増加しています(出典)。一方、帝国データバンク「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2024年)」によると、2024年の休廃業・解散率は「税理士事務所」が全業種中最も高い5.61%で、僅差の次点として「社会保険労務士事務所」が米穀類小売業と並ぶ5.56%となっており、全業種2位という高水準にあります(出典、2025年1月20日発表・同月28日訂正版、社会保険労務士事務所の数値自体に訂正はありません)。登録者数が過去最多を更新し続ける一方で、既存の事務所そのものは休廃業・解散のペースが全業種でも高い部類に入るという、成長と淘汰が同時進行する構図が数字の面からうかがえます。
社会保険労務士事務所の経営課題、主要な6パターン
ここからは、社会保険労務士事務所に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。
①登録者数は増加、でも休廃業・解散率は全業種2位という二極化の実態
前述の通り、社会保険労務士の登録者数は令和2年度末の43,474人から令和5年度末の45,386人へと4年連続で増え続けている一方(出典)、帝国データバンクの調査では社会保険労務士事務所の休廃業・解散率が全業種2位の5.56%という結果が出ています(出典)。TDBの原文は社会保険労務士事務所側の個別要因までは明記していないため、原因を断定的に語ることはできませんが、他の士業と同様に競争激化・高齢化という定性的な文脈は共有していると考えられます。業界全体として担い手(登録者)は増えているにもかかわらず、既存の個々の事務所単位では休廃業・解散が相対的に多いという二極化が起きている可能性があり、対象事務所が新規開業なのか、長年営業を続けている事務所なのかによって経営課題の重心が変わってくる点に注意が必要です。
②2025年1月の電子申請義務化拡大(7手続)への対応負担
社会保険労務士法に基づく社会保険・労働保険の電子申請代行業務は、2020年4月から資本金・出資金1億円超の特定法人(および代理する社会保険労務士・社会保険労務士法人)を対象に義務化されていましたが(出典)、2025年1月1日からは対象がさらに拡大しています。厚生労働省によると、労働者死傷病報告・総括安全衛生管理者/安全管理者/衛生管理者/産業医の選任報告・定期健康診断結果報告・心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告(ストレスチェック)・有害業務に係る歯科健康診断結果報告・有機溶剤等健康診断結果報告・じん肺健康管理実施状況報告の7手続について、電子申請が原則義務化されています(電子情報処理組織を使用した報告の定めは労働安全衛生規則(e-Gov法令検索)に置かれ、施行日(2025年1月1日)と7手続・書面報告の経過措置は厚生労働省の案内ページに記載されています。電子申請が困難な場合は当分の間、書面による報告も可能とされています)。これは税理士法・弁護士法には存在しない、社会保険労務士業務に固有の制度変更であり、顧問先企業の労務手続を代行する事務所にとっては、対応システムの整備・顧問先への周知という新たな業務負担が発生します。対象事務所のホームページや求人票で「電子申請対応」「オンライン手続」への言及があるかは、制度対応の姿勢を推測する手がかりになります。
③2026年9月からの36協定監督運用見直しと労務相談需要の変化
厚生労働省は令和8年8月19日、「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」と発表しました。2026年9月1日から、労働基準監督署が「時間外・休日労働時間数のみ」に着目して1カ月45時間以内への削減を求める一律の指導を見直し、各事業場が36協定で定めた健康・福祉確保措置の実施状況を重点的に確認する運用へ転換しています(過重労働による健康障害のおそれが高い事業場への必要な指導は継続)(出典)。この発表は指導方法と相談支援体制の見直しを扱うもので、法定の時間外労働の限度時間(労働基準法第36条が定める原則月45時間・年360時間、特別条項でも年720時間以内等)の変更には触れていない点には注意が必要ですが、監督の着眼点が「時間数」から「36協定に定めた健康・福祉確保措置を実際に運用しているか」へ移る変化は、36協定の作成・見直し業務を担う社会保険労務士にとって、顧問先への説明・支援ニーズが増える可能性がある制度変更です。厚生労働省は働き方改革推進支援センターに36協定や特別条項の締結を支援する専門相談窓口も設けるとしており、この分野の相談対応実績や労務コンサルティングへの展開状況は、対象事務所の専門性を見立てる材料になります。
④1人事務所中心の構造と法人化による体力差
全国社会保険労務士会連合会 社会保険労務士総合研究機構「2024年度社労士実態調査」によると、社会保険労務士1人での事務所経営が5割強を占めることが報告されています(出典)。士業の経営課題6パターンで扱った税理士業界と同様、個人事務所と社会保険労務士法人とでは、採用力・複数手続への同時対応力・前述の電子申請義務化対応にかけられる投資余力に差が出やすい構造です。1人事務所は代表者自身が制度改正のキャッチアップから実務対応まで一人で担うことになりやすく、対象事務所が個人事務所か法人か、所属する社会保険労務士・スタッフの人数は、電子申請義務化や36協定運用見直しへの対応力を推測するうえで確認しておきたい基本情報です。
⑤労務管理のDX・クラウド化をめぐるギャップ
クラウド労務管理システムの導入率について具体的な数値を示す定量調査は今回確認できていませんが、電子申請義務化の対象拡大が進む中、紙・押印中心の手続からクラウド型の労務管理システムへの移行が進んでいるかどうかは、事務所の実務効率と顧問先への提案力に直結するテーマです。前述の電子申請義務化対応と合わせて、対象事務所のホームページでの「クラウド労務」「電子申請代行」「給与計算システム連携」への言及、求人票での実務経験者(社会保険労務士資格を持つ実務者)の募集状況は、DX投資への姿勢を推測する手がかりになります。断定的な導入率を示す一次データが無い以上、個社ごとに確認する視点が欠かせません。
⑥M&A・事業承継による統合の広がり(要検証)
社会保険労務士事務所単体のM&A件数を示す年間統計は今回確認できていません。ただし、前述の通り登録者数自体は増加基調にある一方で休廃業・解散率が全業種2位という状況を踏まえると、代表者の高齢化や後継者不在を背景に、廃業ではなく第三者への事業承継(M&A)という選択肢への関心が業界内で高まりやすい環境にあると考えられます(具体的な件数を伴う一次統計は無いため、個別事例の確認にとどめる必要があります)。対象事務所が複数の社会保険労務士法人による統合・グループ化の動きに関わっているか、M&A仲介会社への掲載実績があるかは、事業承継の方向性を見立てる手がかりになりえます。
商談前に見ておきたい社会保険労務士事務所特有の公開情報
社会保険労務士事務所をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- 法人形態: 個人事務所か、社会保険労務士法人かによって、複数手続への同時対応力や電子申請義務化対応への投資余力が異なる。
- 所属社会保険労務士・スタッフの人数: ホームページの「所属社労士一覧」「スタッフ紹介」から、後継候補となる若手・中堅の在籍有無を推測できる。
- 対応業務の幅: 手続代行(社会保険・労働保険の電子申請)中心か、就業規則整備・36協定作成支援・労務コンサルティング等への展開があるか。
- 制度対応の姿勢: 2025年1月の電子申請義務化拡大、2026年9月の36協定監督運用見直しへの言及・対応方針をホームページや発信で確認できるか。
- 顧問先の業種・規模: 特定業種(建設業・製造業等)への特化や、顧問先数の規模感から、事務所の経営体力を推測できる。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。社会保険労務士事務所の経営課題は士業の経営課題6パターン|税理士事務所の高齢化と後継者不在の実態で扱った、士業共通の高齢化・後継者不在の構図とも重なる部分があります。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で解説していますので、あわせて活用してください。決算書から利益率の傾向を掴む視点は決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標を参照してください。なお、36協定・時間外労働の運用見直しは、社会保険労務士の顧問先である人材紹介・派遣業など労務管理の負担が大きい業種にとっても関心の高いテーマです。
よくある質問
社会保険労務士事務所はなぜ休廃業・解散が多いのですか
帝国データバンク「全国企業『休廃業・解散』動向調査(2024年)」では、社会保険労務士事務所の休廃業・解散率は5.56%で、全業種中最も高い税理士事務所(5.61%)に次ぐ全業種2位という結果でした。同調査は社会保険労務士事務所側の個別要因までは明記していないため断定はできませんが、他の士業と同様に競争激化・高齢化という定性的な背景が指摘されています。登録者数自体は増加基調にある一方で、既存事務所単位では休廃業・解散が相対的に多いという二極化が起きている可能性があります。
2025年1月の電子申請義務化の対象は何ですか
厚生労働省によると、2025年1月1日より、労働者死傷病報告・総括安全衛生管理者/安全管理者/衛生管理者/産業医の選任報告・定期健康診断結果報告・ストレスチェック結果等報告・有害業務に係る歯科健康診断結果報告・有機溶剤等健康診断結果報告・じん肺健康管理実施状況報告の7手続について、電子申請が原則義務化されました(経過措置あり)。2020年4月には資本金1億円超の特定法人向けの義務化がすでに始まっており、今回はその対象が拡大した形です。
2026年9月からの36協定の監督指導は何が変わりましたか
厚生労働省は2026年9月1日から、労働基準監督署が「時間外・休日労働時間数のみ」に着目して1カ月45時間以内への削減を求める一律の指導を見直し、各事業場が36協定で定めた健康・福祉確保措置の実施状況を重点的に確認する運用へ転換しました。発表は法定の時間外労働の限度時間(労働基準法第36条)の変更には触れていません。
社会保険労務士事務所に強い商材はどのようなものですか
電子申請義務化への対応システム、36協定・就業規則の作成支援ツール、クラウド労務管理・給与計算システムとの連携、顧問先管理を効率化する業務システムなどが考えられます。ただし対象事務所が個人事務所か法人か、対応業務が手続代行中心かコンサルティング展開まで及ぶかによってニーズは異なるため、商談前に法人形態・所属人数・対応業務の幅を確認しておくことが重要です。
まとめ
社会保険労務士事務所の経営課題は、①登録者数は増加、でも休廃業・解散率は全業種2位という二極化の実態②2025年1月の電子申請義務化拡大(7手続)への対応負担③2026年9月からの36協定監督運用見直しと労務相談需要の変化④1人事務所中心の構造と法人化による体力差⑤労務管理のDX・クラウド化をめぐるギャップ⑥M&A・事業承継による統合の広がり(要検証)、という6パターンに整理すると、公開情報から当たりをつけやすくなります。登録者数が令和2年度末の43,474人から令和5年度末の45,386人へと4年連続で増加する一方、休廃業・解散率は全業種2位の5.56%という逆説的な状況にあり、業界全体の成長と個々の事務所の淘汰が同時進行している点が特徴です。社会保険労務士法に基づく固有業務(電子申請代行・36協定届出代行)を持つ士業だからこそ、2025年1月の電子申請義務化拡大や2026年9月の監督運用見直しといった制度動向は、他の士業以上に経営への影響が直接的です。決めつけずに法人形態・所属人数・制度対応の姿勢といった一次情報を確認しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。