清掃業の経営課題を、なぜ「人手不足」の一言で片付けてはいけないのか
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただし清掃業(ビルメンテナンス業)は、市場規模自体は拡大が続いており、後述する「現場従業員が集まりにくい」という悩みが13年連続で1位という点でも他業種と一線を画します。市場が伸びているのに現場が慢性的に不足し、最低賃金の急上昇に対して契約価格の改定が追いついていない、という「需要はあるのに利益が残りにくい」構造こそが、この業種の経営課題を読み解く出発点です。
清掃業の全体像を数字で見る
個別の課題に入る前に、業界全体の規模感を確認します。矢野経済研究所「ビル管理市場に関する調査」(2025年12月3日発表)によると、2024年度の市場規模は5兆1,615億円(前年比106.9%)、2025年度は5兆2,685億円(予測、前年度比102.1%)です(出典)。厚生労働省「省力化投資促進プラン―ビルメンテナンス業―」(2025年6月13日)によると、全国ビルメンテナンス協会(J-BMA)の会員事業所数は2,840事業所(令和7年1月末時点)です。J-BMAの実態調査(第55回2025年3月3日発表・第56回2026年4月8日発表)によると、会員事業所の平均売上高は2022年度15.6億円→2023年度16.2億円(前年比+4.0%)→2024年度19.4億円(同+4.7%)と伸びている一方、営業利益率は2023年度5.3%→2024年度6.1%にとどまっています(出典、出典)。市場全体が拡大し個社の売上高も伸びているにもかかわらず、利益率の伸びが緩やかにとどまっている点は、後述する賃金上昇と価格転嫁のタイムラグと合わせて見る必要があります。なお、清掃業(ビルメンテナンス業)単体の倒産統計は本記事執筆時点の一次情報では確認できていません(要検証)。参考までに、帝国データバンクの集計では2024年度の全国企業倒産件数は10,070件(前年度比+13.4%)、業種別ではサービス業が最多の2,547件(前年比+21.3%)、人手不足倒産は342件と過去最多(うちサービス業95件、前年57件から急増)となっていますが、これは清掃業単体の内訳ではなくサービス業全体の傾向である点に注意が必要です。
清掃業の経営課題、主要な6パターン
ここからは、清掃業(ビルメンテナンス業)に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。
①慢性的な人手不足と高齢化|経営者の悩み13年連続1位
厚生労働省「省力化投資促進プラン―ビルメンテナンス業―」(2025年6月13日)によると、ビルクリーニング業の有効求人倍率は約2.0〜3.0で高止まりしています。総務省「令和2年国勢調査」によると、就業者の雇用形態はパート・アルバイト等が74.2%、正規職員が13.8%、派遣が3.4%であり、年齢構成では60代以上が57.9%、70代以上だけでも27.0%を占めます。人手不足の背景として、厚生労働省の資料では心理的・肉体的負担、早朝作業、土日の不規則対応といった就業条件の厳しさが構造要因として明記されています。J-BMAの経営者調査では「現場従業員が集まりにくい」が13年連続で悩みの1位(88.5〜89.5%)であり続けており、この業種にとって最も根深く長期化した経営課題であることがうかがえます。求人票での募集頻度・応募条件の緩和状況(未経験可・シフト自由等の訴求)は、この課題への切迫度を推測する手がかりになります。人手不足を主要因とする経営課題の構造は人材紹介・派遣業の経営課題6選とも共通する部分があります。
②最低賃金上昇と価格転嫁のタイムラグ
2025年度の最低賃金は全国加重平均1,121円(前年度比+66円、+6.3%)となり、1978年度の目安制度開始以降で最大の引き上げ幅を記録し、全47都道府県で時給1,000円超となりました。清掃業は労働集約的でパート・アルバイト比率が高いため、最低賃金の上昇が人件費に直結しやすい業種です。この状況を受けJ-BMAは2024年6月28日、「適正価格契約に向けて(価格転嫁に向けた自主行動計画)」を策定しました(出典)。厚生労働省も2024年8月29日付で、発注者に対し価格協議への参加と不利益取扱いの禁止を要請しています。また内閣官房・公正取引委員会は2023年11月29日、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定し、業種横断で価格転嫁の環境整備を進めています。前述の通り、J-BMAの調査では契約改定率が官公庁2.7%→6.2%、民間2.6%→10.0%(2024→2025年度)へ上昇していますが、最低賃金の上げ幅(+6.3%)と比べると、改定が追いついている契約とそうでない契約が混在していると考えられます。契約形態が官公庁中心か民間中心かによって、価格転嫁の進み方が異なる可能性がある点は商談前に確認しておきたい情報です。
③賃金上昇による経営圧迫と利益率の伸び悩み
J-BMAの実態調査によると、常勤中途採用時の月給(一般清掃)は21.5万円から22.8万円へ、パートタイマーの時給(一般清掃)は1,057円から1,128円へ、いずれも2023→2025年度で上昇しています。前述の通り会員事業所の平均売上高は伸びているものの、営業利益率は2023年度5.3%→2024年度6.1%の伸びにとどまっており、賃金上昇が増収分の多くを吸収している状況がうかがえます。J-BMAの経営者調査でも「賃金上昇が経営を圧迫」という回答が66.1〜67.5%に上っており、人手不足(①)と価格転嫁の遅れ(②)の結果として現れる財務上の課題だといえます。決算書から利益率の傾向を掴む視点は決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標で解説しています。
④現場管理者・専門技術者の確保難|世代交代の停滞
J-BMAの経営者調査では、「現場管理者が育ちにくい」55.1%、「専門技術者確保が難しい」47.1%、「若返りが図りにくい」71.4〜74.1%という回答が並びます。単純作業を担う清掃スタッフの確保だけでなく、複数現場を統括する現場管理者や、空調・電気設備等を扱う専門技術者の育成・確保が追いついていないことが読み取れます。管理職層の高齢化が進めば、将来的な現場統括力・技術継承の面でもリスクが高まります。求人票での現場管理者・設備管理職の募集状況や、資格取得支援制度の有無は、この課題への対応状況を推測する材料になります。
⑤多重下請け構造|発注者・元請け・下請けの多層化
清掃業(ビルメンテナンス業)では、ビルオーナー(発注者)から元請け業者、さらに下請け・孫請け業者へと業務が委託される多層構造がしばしば見られます。この構造を裏付ける定量データは確認できていませんが、契約条件・価格の決定権が上流の発注者・元請けに偏りやすい業種特性は状況証拠として存在すると考えられます。前述の価格転嫁の取り組み(②)も、この多層構造の中でどこまで下流の事業者に実質的な効果が及ぶかが課題になります。相手企業が元請けか下請けかによって、価格交渉力や利益率の水準は異なる可能性があります。
⑥省力化・DX投資の遅れと政府目標
厚生労働省「省力化投資促進プラン―ビルメンテナンス業―」(2025年6月13日)は、2029年度までに労働生産性を2024年比+25%向上させる目標を掲げています。省力化の具体策としては、廊下・ロビー等の平らな区画で活用が進む清掃ロボット(トイレ等の複雑な区画は技術発展途上とされる)や、勤怠管理システムの導入が挙げられます。活用可能な補助制度には、業務改善助成金、IT導入補助金、清掃ロボットも対象カテゴリに含む中小企業省力化投資補助金などがあります。生成AI・DX活用状況について清掃業単体を対象にした定量データは確認できていませんが、参考として、総務省「令和6年版情報通信白書」によると生成AIの活用方針を定めている日本企業は42.7%(米独中は約80%)にとどまっており、これは清掃業に限らない全業種横断の傾向です。中小規模の清掃業者が同水準の投資判断を主体的に行っているかは、個社ごとに確認する必要があります。清掃業に限らずDXの遅れている業種全般の傾向はDXが遅れている業界の特徴と共通課題で解説していますので、あわせて参考にしてください。
契約形態・規模による差にも目を向ける
清掃業の経営課題は、契約形態(官公庁中心か民間中心か)や事業所の規模によっても濃淡が異なります。契約改定率が官公庁2.7%→6.2%、民間2.6%→10.0%と上昇率自体は民間の方が大きい一方、いずれも最低賃金の上げ幅(+6.3%)と比べると水準はまだ大きいとは言えません。また、発注者・元請け・下請けのどの立場にあるかによって、価格交渉力や利益率の水準は異なる可能性があります。相手企業がJ-BMA会員かどうか、官公庁契約中心か民間契約中心か、元請けか下請けかは、商談前に確認しておきたい基本情報です。
商談前に見ておきたい清掃業特有の公開情報
清掃業(ビルメンテナンス業)の企業をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・決算・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- J-BMA(全国ビルメンテナンス協会)への加盟有無: 業界団体への加盟状況は、業界標準の労務管理・価格交渉の取り組みへの関与度を推測する手がかりになる。
- 契約形態: 官公庁契約中心か民間契約中心か。前述の通り契約改定率の推移が異なるため、価格転嫁の進み方に差が出やすい。
- 元請け・下請けの立場: 発注者に近い元請けか、多層構造の下流に位置する下請けかによって、価格交渉力・利益率の水準が異なる可能性がある。
- 省力化投資の有無: 清掃ロボットや勤怠管理システムの導入状況、IT導入補助金・中小企業省力化投資補助金の活用実績。求人票や自社サイトの実績紹介から間接的に推測できる。
- 賃金水準・募集条件: 求人票での時給・月給水準が、J-BMA調査の平均値(パート時給1,128円等)と比べてどの水準にあるか。
- 代表者・役員の年齢構成、登記の動き: 現場管理者・専門技術者の世代交代が進んでいるか、事業承継が近い時期に来ているかどうかの手がかりになる。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で、仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説していますので、あわせて活用してください。
よくある質問
清掃業(ビルメンテナンス業)の市場規模はどれくらいですか
矢野経済研究所「ビル管理市場に関する調査」(2025年12月3日発表)によると、2024年度の市場規模は5兆1,615億円(前年比106.9%)、2025年度は5兆2,685億円(予測、前年度比102.1%)です。
清掃業は本当に人手不足なのですか
厚生労働省の資料によると、ビルクリーニング業の有効求人倍率は約2.0〜3.0で高止まりしています。全国ビルメンテナンス協会(J-BMA)の経営者調査では、「現場従業員が集まりにくい」が13年連続で悩みの1位(88.5〜89.5%)となっており、業界にとって最も長期化した経営課題です。
最低賃金の上昇に対して、清掃業の契約価格の改定は追いついていますか
2025年度の最低賃金は全国加重平均で前年度比+6.3%上昇しました。これに対しJ-BMAの調査では契約改定率が官公庁2.7%→6.2%、民間2.6%→10.0%(2024→2025年度)へ上昇していますが、上げ幅の水準自体は最低賃金の伸びと比べてまだ大きいとは言えず、改定が追いついている契約とそうでない契約が混在していると考えられます。
清掃業(ビルメンテナンス業)単体の倒産統計はありますか
本記事執筆時点の一次情報では確認できていません(要検証)。「クリーニング店」の倒産統計は洗濯業という別業種のものであり、清掃業(ビルメンテナンス業)とは混同しないよう注意が必要です。参考として帝国データバンクの集計では、2024年度の人手不足倒産は全国で342件と過去最多(うちサービス業95件、前年57件から急増)ですが、これは清掃業単体の内訳ではなくサービス業全体の傾向です。
まとめ
清掃業(ビルメンテナンス業)の経営課題は、①慢性的な人手不足と高齢化(経営者の悩み13年連続1位)②最低賃金上昇と価格転嫁のタイムラグ③賃金上昇による経営圧迫と利益率の伸び悩み④現場管理者・専門技術者の確保難(世代交代の停滞)⑤多重下請け構造⑥省力化・DX投資の遅れと政府目標、という6パターンに整理できます。市場規模が5兆円を超え拡大が続く一方、最低賃金は過去最大の上げ幅で上昇し、契約価格の改定はまだそのペースに追いついていない契約が多いというのが実態です。個社の状況を決めつけず、契約形態・元請けか下請けか・省力化投資の有無・賃金水準といった一次情報で仮説を検証しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。