IT/情シス業の経営課題を、なぜ他業種と分けて見る必要があるのか
中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただしIT/情シス業は、他業種のDXを支える「供給側」であると同時に、自社自身も同じ人材不足・レガシー化の問題を抱えるという二重構造を持つ点が特徴的です。建設業や製造業では技能承継や高齢化が軸になりますが、IT/情シス業では担い手の絶対数そのものが業界の需要拡大に追いついていないこと、開発案件の受発注が多層化する「多重下請け構造」、そして事業会社側の情報システム部門が1人〜数人体制で属人化しやすいことが、他業種とは異なる力学として働いています。
IT人材不足の全体像を数字で見る
個別の課題に入る前に、IT人材の全体像を確認します。IPAが2020年国勢調査をもとに集計したところ、日本のIT専門人材数(システムコンサルタント・設計者、ソフトウェア作成者等)は約125.4万人、労働人口に対する比率は2.2%で、米国の3.7%の3分の2程度にとどまります。さらに注目したいのは所属先の偏りです。日本ではIT専門人材のうちIT関連企業(ソフトウェア業・情報処理サービス業等)に所属する割合が74%、ユーザー企業(事業会社)側に所属する割合はわずか26%です。これに対し米国はIT関連企業35%:ユーザー企業65%と、事業会社側に人材が厚く配置されています(出典、IPA調査分析ディスカッション・ペーパー2024-02)。日本では「IT人材はベンダー側に集中し、事業会社の情シスは薄い」という構造が数字にも表れているといえます。
IT/情シス業の経営課題、主要な6パターン
ここからは、IT/情シス業に特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。
①IT人材の絶対的な不足(需給ギャップ)
経済産業省が2019年4月に公表した「IT人材需給に関する調査」(みずほ情報総研実施、IT企業3,000社・ユーザー企業3,000社を対象にアンケートを実施し2,173社が回答、回答率36.2%)によると、IT人材の需給ギャップは2018年時点で約22万人、中位シナリオ(需要の伸び率年2.7%程度、労働生産性が年0.7%上昇する前提)では2030年に約45万人まで拡大すると試算されています。需要の伸びがより高い高位シナリオ(年4.4%程度)では、2030年の不足数は約79万人にまで広がる可能性があるとされています(出典)。IPAの「DX動向2024」調査(2024年2〜5月実施、回収1,013社)でも、DXを推進する人材の「量」が「大幅に不足している」と回答した企業の割合は、2021年度の30.6%から2023年度には62.1%へと倍増しており、調査開始以来はじめて過半数を超えました(出典)。求人票に掲載された募集人数の多さ・長期化、同一ポジションの求人が繰り返し出稿されているかは、人材確保の逼迫度を推測する手がかりになります。
②レガシーシステムの老朽化・技術的負債「2025年の崖」
経済産業省が2018年9月に公表した「DXレポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」では、既存の基幹系システムを刷新できないまま放置すると、2025年には導入から21年以上を経過した基幹系システムが全体の約6割に達し、システムの複雑化・ブラックボックス化により最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると試算されました。この経済損失シナリオが「2025年の崖」と呼ばれています(出典、複数の専門メディアが経産省資料をもとに解説)。発表から8年近くが経過した現在も、この構図が完全に解消されたとは言い切れません。前述のIPA「DX動向2024」調査では、「レガシーシステムの刷新」に取り組む企業のうち39.9%が「他の案件に手一杯で要員を割けない」ことを課題として挙げており、レガシー刷新そのものが人材不足のあおりを受けている実態がうかがえます(出典)。求人票に掲載された使用言語・技術スタック(COBOLやVB6等の保守要員募集か、クラウドネイティブな技術か)、採用ページでの「レガシーシステム刷新」「モダナイゼーション」への言及は、技術的負債の重さを推測する材料になります。
③多重下請け構造(SIer業界特有の収益構造)
公正取引委員会が2022年6月に公表した「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」(調査期間2021年10月〜2022年6月、資本金3億円以下のソフトウェア業事業者2万1,000社を対象にアンケートを実施し、法人4,739社・フリーランスSE540人・従業員SE1,776人が回答。前回調査から18年ぶりの実施)では、システム開発の受注が元請から一次下請、二次下請と多段階にわたって再委託される多重下請構造の存在が改めて確認され、買いたたきや仕様変更への無償対応要求といった懸念が指摘されました(出典、下請階層の詳細な分布は一次資料未確認のため要検証)。前述のIPAデータで示した「日本のIT人材はIT関連企業側に74%が所属し、ユーザー企業側は26%にとどまる」という偏りは、この多重下請け構造を人材配置の面から裏付けるものといえます。相手企業が元請(プライム)ポジションを持つSIerか、二次請け・三次請けが中心の開発会社かによって、価格交渉力・利益率・投資余力は大きく異なります。取引先として公開されている大手SIer名、直請け案件の実績有無、自社開発(自社サービス)の比率は、商流上の立ち位置を推測する材料になります。
④セキュリティ人材・体制の不足
IPAの「DX動向2024」調査では、DXを推進する人材の5類型のひとつである「サイバーセキュリティ」人材について、「大幅に不足している」37.2%、「やや不足している」37.2%と、合計で74.4%(n=713)の企業が不足を感じていると回答しています(出典)。より専門的な情報セキュリティ人材の指標としては、経済産業省が2025年5月に公表した「サイバーセキュリティ人材の育成促進に向けた検討会 最終取りまとめ」で、情報処理安全確保支援士(通称・登録セキスペ)の登録者数を2030年までに5万人へ拡大する目標が示されています(出典、2026年7月時点の登録者数の詳細は一次資料への直接アクセスができず要検証)。目標値が現状からの積み増しを前提としている以上、専門人材の確保が業界全体の課題として認識されていることは読み取れます。セキュリティ体制については、ISMS(ISO27001)やプライバシーマークの取得有無、CSIRT(セキュリティインシデント対応チーム)設置の言及、求人票での「セキュリティエンジニア」「SOC」関連職種の募集有無が、体制整備の進捗を推測する手がかりになります。
⑤属人化・退職リスク「ひとり情シス」問題
ここまでの3パターンは業界全体・SIer側の構造課題ですが、事業会社側の情報システム部門にも特有の課題があります。株式会社バッファローが2024年7月に実施した「情シス業務の外部委託に関する実態調査」(中小企業(従業員10〜300名未満)の情報システム部門責任者/担当者111名が対象)によると、「情シス担当者の人数は業務量に対して十分だと思うか」という問いに対し「あまりそう思わない」29.7%+「全くそう思わない」14.4%の合計44.1%が不足感を示しました。また「情シス業務を外部委託しているか」という問いには、「全てしている」24.4%+「一部している」45.9%の合計70.3%が何らかの形で外部委託を行っていると回答しています(出典)。従業員数十〜数百名規模の企業では、情報システム部門が1人、あるいは総務・経理と兼任する体制で運用されるケースが少なくないとされ、この体制は「ひとり情シス」と呼ばれます。担当者が異動・退職した際に業務がブラックボックス化するリスクは、他業種の後継者不在問題とは異なる、IT/情シス業特有の属人化リスクだといえます。求人票での「情シス担当者募集」の有無・募集背景(増員か欠員補充か)、コーポレートサイトの組織図に情報システム部門が独立記載されているかは、体制の厚みを推測する手がかりになります。
⑥DX推進体制・人材像の未整備
IPAの「DX動向2024」調査では、DXを推進する人材像を「設定し、社内に周知している」企業はわずか21.9%(2023年度、n=745)にとどまり、DXを推進する人材の評価基準を持つ企業は21.2%にとどまっています(出典)。人材像や評価基準を設定している企業では「大幅に不足している」と回答する割合が明確に低いことも同調査で示されており、採用したい人材像を明確化できていないこと自体が、人材不足感を助長している構図がうかがえます。また同調査では、システム開発の内製化に取り組む企業の87.4%が「人材の確保や育成が難しい」ことを課題に挙げており、DXの推進体制が号令だけで実体を伴っていない企業が少なくないことが示唆されます。ホームページやプレスリリースでの「DX推進部」「デジタル推進室」等の専任組織の有無、CIO・CDO(最高情報責任者・最高デジタル責任者)の設置有無、中期経営計画でのIT投資額の開示は、DX推進体制の実態を推測する材料になります。
規模・立ち位置による差にも目を向ける
IT/情シス業の経営課題は、①事業会社の情報システム部門か、SIer・ITベンダーかという立ち位置、②元請(プライム)か下請かという商流上の位置、③従業員規模によって濃淡が出やすい分野です。前述のIPA調査では、従業員規模101人以上の企業でDX推進人材が「大幅に不足している」と回答した割合が6割を超える一方、100人以下の企業では48.3%とやや低いものの「わからない」と回答した企業が24.2%あり、不足状況そのものを把握できていない企業が一定数存在することも示されています。また業種別に見ると、「情報通信業」では「大幅に不足している」の割合が44.4%とやや低い一方、それ以外の業種(製造業65.1%、サービス業65.4%、金融・保険業61.5%など)では6割程度に達しており、IT/デジタルの専門性を持つ人材が情報通信業側に偏在し、それ以外の事業会社側でより深刻な不足が生じている構図が読み取れます(出典)。相手が事業会社の情シスかSIer・ITベンダーか、元請中心か下請中心か、従業員規模がどの程度かによって、抱えている経営課題の重心はかなり異なる点に留意しておきたいところです。
商談前に見ておきたいIT/情シス業特有の公開情報
IT/情シス業の企業をリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。
- 求人票の技術スタック: レガシー言語(COBOL・VB6等)の保守要員募集か、モダンな技術スタック(クラウド・コンテナ技術等)の採用かで、技術的負債の重さを推測できる。
- 情報システム部門の体制: 組織図やコーポレートサイトでの記載有無、求人票での増員理由(欠員補充か増員か)から、属人化・「ひとり情シス」リスクの高さを推測できる。
- 商流上の立ち位置: 元請(プライム)実績の有無、公開されている取引先・パートナー企業、自社開発(自社サービス)比率から、多重下請け構造における位置を推測できる。
- セキュリティ体制: ISMS(ISO27001)・プライバシーマークの取得有無、CSIRT設置の言及、セキュリティ関連職種の募集有無。
- DX推進体制: DX推進部・デジタル推進室等の専任組織の有無、CIO・CDOの設置、IT投資額の開示状況。
これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。IT/情シス業の経営課題は、人手不足という点では建設業の経営課題|2024年問題・重層下請け構造の6パターンで扱った重層下請け構造とも重なる部分がありますが、担い手の絶対数不足という点ではより深刻な業種だといえます。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で、仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説していますので、あわせて活用してください。決算書から利益率の傾向を掴む視点は決算書の読み方|営業が5分で掴む3指標を参照してください。
よくある質問
なぜIT/情シス業は「人手不足」の一言で片付けられないのですか
IT人材そのものの需給ギャップ(2018年時点で約22万人、2030年には中位シナリオで約45万人まで拡大との試算)に加え、2025年の崖に象徴されるレガシーシステムの老朽化、多重下請け構造によるSIer業界特有の収益構造、サイバーセキュリティ人材の不足、事業会社側で頻発する「ひとり情シス」の属人化リスクという、複数の構造課題が同時進行しているためです。
「2025年の崖」とは何ですか
経済産業省が2018年9月に公表した「DXレポート」で示された試算です。既存の基幹系システムを刷新できないまま放置すると、2025年には導入から21年以上を経過した基幹系システムが全体の約6割に達し、システムの複雑化・ブラックボックス化により最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があるとされています。発表から8年近くが経過した現在も、この構図が完全に解消されたとは言い切れません。
「ひとり情シス」問題とは何ですか
従業員数十〜数百名規模の企業で、情報システム部門が1人、あるいは総務・経理と兼任する体制で運用されるケースを指します。バッファローの調査では、情シス担当者の人数が業務量に対して不足していると感じる企業が44.1%、業務を何らかの形で外部委託している企業が70.3%に上りました。担当者が異動・退職した際に業務がブラックボックス化するリスクがある点が特有の課題です。
事業会社の情シスとSIer・ITベンダーでは、抱える課題は同じですか
立ち位置によって濃淡が異なります。IPAの調査では、業種別に「大幅に不足している」と回答した割合が情報通信業で44.4%とやや低い一方、それ以外の業種(製造業65.1%、サービス業65.4%、金融・保険業61.5%など)では6割程度に達しており、IT/デジタルの専門性を持つ人材が情報通信業側に偏在し、それ以外の事業会社側でより深刻な不足が生じている構図がうかがえます。
まとめ
IT/情シス業の経営課題は、①IT人材の絶対的な不足(需給ギャップ)②レガシーシステムの老朽化・技術的負債「2025年の崖」③多重下請け構造(SIer業界特有の収益構造)④セキュリティ人材・体制の不足⑤属人化・退職リスク「ひとり情シス」問題⑥DX推進体制・人材像の未整備、という6パターンに整理すると、公開情報から当たりをつけやすくなります。DXを推進する人材が「大幅に不足している」と回答した企業が2021年度の30.6%から2023年度には62.1%へと倍増しているように、人材不足は年々深刻化する方向にあります。一方で、2018年の「2025年の崖」試算からすでに8年近くが経過した現在、レガシーシステムがどこまで刷新されたかは個社差が大きく、業界横断の統一的な統計だけでは実態を掴みきれません。求人票の技術スタック・情報システム部門の体制・商流上の立ち位置といった一次情報から個社ごとに仮説を検証する姿勢が欠かせません。決めつけずに求人票・ホームページ・IR情報を確認しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。