結論から: 全国の一般診療所は105,207施設(厚生労働省2024年10月時点、前年比+313)で、開設者は医療法人44.5%・個人37.4%(2023年10月時点)と法人化が進んでいます。一方で院長の70歳以上比率は56.7%、後継者不在率は業種別で61.8%(全国平均52.1%を9.7pt上回る)と高齢化・承継難が深刻です。2024年は医療機関の休廃業・解散が722件、倒産が64件でいずれも過去最多を更新し、うち8割超が診療所でした。2024年度診療報酬改定後は医療法人立診療所の医業利益率が3.2%まで低下し、経常赤字施設は39.0%(前年23.8%から急増)に達しています。2024年4月開始の医師の働き方改革対応や電子カルテ・オンライン診療などDXの遅れも重なり、「稼げているのに継げない・回らない」という構造的な経営課題を抱えている業種です。本記事では診療所・クリニックに特有の経営課題を6パターンに整理し、それぞれ商談前リサーチでどこに着目すればよいかを出典付きで解説します。

診療所・クリニックの経営課題を、なぜ他業種と分けて見る必要があるのか

中小企業に共通する経営課題の型(人手不足・後継者不在・DXの遅れなど)は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理した通りです。ただし診療所・クリニックは、診療報酬という国が定める公定価格が収益の根拠になっている点、開設者が個人(開業医)か医療法人かで制度上の情報開示義務や承継手段が異なる点、そして院長個人の資格・技能に経営が強く依存するため後継者難がそのまま廃業に直結しやすい点で、他の多くの業種と一線を画します。「クリニックは儲かっている」というイメージが根強い一方、直近の一次データでは経常赤字施設が4割近くに達しており、収益悪化と後継者難が同時進行している点こそが、診療所・クリニックの経営課題を読み解くうえでの出発点になります。

診療所・クリニックの全体像を数字で見る

個別の課題に入る前に、業界全体の構造を確認します。厚生労働省「令和6年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」によると、2024年10月時点の一般診療所数は105,207施設で、前年から313施設増加しています。開設者の内訳は、同省「医療施設調査」(2023年10月1日時点)によると医療法人46,717施設(44.5%)・個人39,208施設(37.4%)で、法人が個人を上回る構成になっています。医療法人総数は58,005法人(2023年3月末時点、前年比+864)で、うち「持分なし」社団が20,799法人と初めて2万法人を突破しました。法人化が進む一方、帝国データバンクの診療所経営者年齢調査では院長が70歳以上を占める割合が56.7%に達しており、歯科医院(26.1%)を大きく上回ります。施設数が増え法人化が進んでいるという「拡大局面に見える統計」と、経営者の高齢化が深刻という「承継リスクの統計」が同時に存在している点を、まず押さえておく必要があります。

診療所・クリニックの経営課題、主要な6パターン

ここからは、診療所・クリニックに特有の経営課題を6パターンに整理します。それぞれ、公開情報のどこにサインが出やすいかもあわせて紹介します。

①医師・看護師等の人手不足

厚生労働省「看護職員需給推計」(2019年公表、2025年見通し)によれば、2025年の看護職員需要は188.0万人〜201.9万人(勤務条件シナリオ別)に対し、供給は174.6万人〜181.9万人にとどまり、最大で約6万人〜27万人規模の需給ギャップが生じる可能性が示されています。地域別では東京・神奈川・千葉・大阪・奈良・京都など都市圏で不足傾向、佐賀・宮崎・熊本・鹿児島などでは供給が需要を上回る見通しとされており、地域偏在も課題です。診療所は病院に比べ採用力・待遇面で劣後しやすく、看護師・医療事務スタッフの採用難がそのまま診療体制の縮小(診療日数・時間の制限)に直結しやすい構造があります。求人票での看護師・医療事務の募集頻度や、診療時間・休診日の設定は、人手不足の深刻度を推測する手がかりになります。

②後継者不在・事業承継/M&A

帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2024年)」によれば、医療業の後継者不在率は61.8%で、全国平均(52.1%、過去最低)を9.7ポイント上回る高水準です。同社の診療所経営者年齢調査では院長の70歳以上比率が56.7%を占め、歯科医院(26.1%)を大きく上回ります。日本医師会「医業承継実態調査」(2020年、二次引用元TDB)でも、診療所の50.8%が「現段階で後継者候補はいない」と回答しています。結果として、帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」では休廃業・解散が722件(過去最多、倒産の11.3倍)、うち診療所が587件(全体の81.3%)を占め、代表者の高齢化が最大要因と分析されています。倒産も64件で過去最多(診療所31件・歯科27件・病院6件、負債総額282億4,200万円)となりました。院長の年齢層、分院展開の有無、直近の求人票での「後継医師募集」の記載有無は、事業承継の緊急度を見立てる手がかりになります。

③診療報酬改定による経営圧迫(利益率低下・赤字化)

日本医師会「令和7年診療所の緊急経営調査」(2025年9月17日発表、令和5・6年度実態)によれば、2024年度診療報酬改定後、医療法人立診療所の医業利益率は3.2%まで低下し、経常利益が赤字の施設割合は前年度23.8%から39.0%へ急上昇しました(全診療科で減収減益)。同調査では、外来収益が今後微減した場合、令和7年度の医療法人の経常利益率は約1%まで落ち込み、約6割の診療所が経常赤字になると推計されています。物価高騰・人件費上昇、患者単価の減少、受診率低下が主因として挙げられています。「診療報酬改定でどの診療科・項目が上がった/下がったか」を踏まえたうえで、相手の主要な診療科目・患者単価帯を確認しておくと、収益圧迫の度合いを見立てやすくなります。

④医師の働き方改革(時間外労働上限規制)対応負担

厚生労働省の制度により2024年4月から、すべての勤務医師に時間外労働の上限規制が適用され、原則(A水準)年960時間・月100時間未満、地域医療確保のための暫定特例(B水準)・集中研修(C水準)では年1,860時間(B水準は2035年度末終了目標)となっています。月100時間超の医師には面接指導など追加的健康確保措置の実施が義務化されました。診療所も対象で、当直・オンコール体制の見直しやタスクシフト/シェア(業務の一部を看護師・医療事務等へ移管する対応)へのコストが発生しています。複数医師体制か院長1人体制か、当直・オンコール対応の有無は、この課題への負担度を推測する手がかりになります。

⑤電子カルテ・オンライン診療等DXの遅れ

電子カルテについては、複数の民間報道(電子カルテベンダー系メディア等)が「一般診療所の普及率が2023年時点で55%前後」と報じていますが、厚生労働省の一次統計での該当数値は本記事執筆時点で直接確認できておらず、参考情報として扱います(要検証)。オンライン診療については、「2023年3月時点で対応医療機関18,121件・全体の約16.0%」とする情報と、「2023年10月時点で届出10,108件」とする情報の2系統があり、定義・時点の違いにより数値が食い違うため両論併記します。いずれにせよ、電子カルテは過半数に達しつつある一方でオンライン診療は1〜2割台にとどまり、診療所間でDX格差が生じている点は複数ソースで一致しています。求人票での「電子カルテ導入済み」「オンライン診療対応」の記載有無、予約システムのオンライン化状況は、DX対応度を確認できる手がかりです。

⑥施設・設備の老朽化と投資負担

日本医師会「令和7年診療所の緊急経営調査」によれば、診療所経営者が課題として挙げる項目のうち「施設設備の老朽化」が約4割(41.3%程度)、「近い将来の廃業」を検討する施設が約14%(13.8%程度)にのぼります。物価高騰下での改装・医療機器更新投資は、赤字転落が進む収益構造の中で後回しにされやすく、老朽化がさらに承継・売却時の資産価値を下げる悪循環を生んでいます。建物の築年数、直近の改装・機器更新の有無、外観や内装の写真(求人票・HP掲載写真等)からうかがえる老朽化の程度は、投資余力を見立てる手がかりになります。

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個人経営(開業医の診療所)と医療法人の違い

厚生労働省「医療施設(動態)調査」(2023年10月1日時点)によれば、一般診療所の開設者内訳は医療法人46,717施設(44.5%)、個人39,208施設(37.4%)で、法人が個人を上回る構成になっています。医療法人総数は58,005法人(2023年3月末時点、前年比+864)で、「持分なし」社団が20,799法人と初めて2万法人を突破しました。制度上の主な違いとして、医療法人は都道府県知事への法人設立認可・毎会計年度の決算関係書類(事業報告書・貸借対照表・損益計算書等)の届出義務(医療法第51条・第52条)を負い、都道府県により閲覧・インターネット公開の対象になります(2023年3月31日以降決算分からネット閲覧化、2025年4月からは福祉医療機構のMCDBへ移行)。個人開業医にはこうした決算公開の制度的義務はありません。また法人は複数施設(分院)の展開、退職金制度や生命保険活用による資産形成、事業承継における持分・出資の移転といった手段を取りやすい一方、個人開業は相続・生前贈与を軸にした承継となり、後継者不在時の選択肢がM&A・第三者承継か廃業かに絞られやすい構造があります。相手が個人開業医か医療法人かの見極めは、決算情報の入手可否だけでなく、提案の切り口(承継手段・資産形成手段の違い)にも直結します。仮説の立て方は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で解説していますので、あわせて活用してください。

商談前に見ておきたい医療業特有の公開情報

診療所・クリニックをリサーチする際は、中小企業に共通する求人票・決算・ニュースリリースに加えて、次のような業種特有の情報源も確認しておくと、経営課題の当たりをつけやすくなります。

  • 医療情報ネット(ナビイ): 2024年4月1日から厚生労働省が運用する全国統一の医療機能情報提供制度の検索システム。診療科目・対応疾患・提供サービス等を医療機関単位で確認できる。
  • 医療法人の決算届(事業報告書等): 都道府県(医療法人担当課)のウェブサイトで、決算関係書類の閲覧申請・一部はネット公開されている。2025年4月からは新システム「MCDB(医療法人経営情報データベースシステム)」がWAM NET上で稼働。
  • 保険医療機関の指定取消等の行政処分歴: 地方厚生局が「保険医療機関・保険薬局の廃止、辞退及び取消(相当)一覧」を公表。2023年度は指定取消等21件(前年+3件、返還額約46億2,000万円)。
  • 医師・歯科医師・薬剤師統計: 厚生労働省が医師数・診療科・年齢構成等を公表しており、地域の医師偏在状況の把握に使える。

これらを一件ずつ手作業で調べるとかなりの時間がかかりますが、会社名を入力するだけで公開情報を横断し、経営課題・提案システム・ROI・想定反論まで出典付きで自動リサーチできるZEROSYSリサーチのようなツールを使えば、当たりをつける作業そのものを効率化できます。診療所・クリニックの経営課題は介護福祉業の経営課題6選|2025年問題・介護報酬改定・人手不足を数字で読み解くで扱った業種とも、公定価格ゆえの価格転嫁の難しさ・人手不足という点で通じる部分がありますが、開設者形態によって決算公開義務や承継手段が制度上大きく異なる点は医療業特有の特徴です。具体的な質問への落とし込み方は初回商談の質問リスト30選【業種別】で解説していますので、あわせて活用してください。

よくある質問

診療所・クリニックの経営課題は結局「後継者不在」に集約されるのですか

後継者不在率61.8%・院長70歳以上56.7%という数字は重要な課題ですが、診療報酬改定による医業利益率3.2%・経常赤字39.0%への急激な悪化、医師の働き方改革対応、電子カルテ・オンライン診療のDX格差、施設老朽化など複数の課題が絡み合っています。本記事の6パターンを個別に確認することを推奨します。

個人開業医と医療法人、どちらの方が経営課題を把握しやすいですか

医療法人は医療法第51条・第52条に基づく決算関係書類の届出義務があり、都道府県やMCDB(2025年4月稼働)経由で経営指標を確認できる場合があります。個人開業医にはこうした制度的な決算公開義務がないため、求人票・医療情報ネット(ナビイ)・地方厚生局の行政処分歴など、決算以外の公開情報を組み合わせて把握する必要があります。

クリニックの電子カルテ・オンライン診療の普及率はどの程度ですか

電子カルテは民間報道ベースで2023年時点55%前後とされていますが厚生労働省の一次統計での確認はできておらず要検証です。オンライン診療は「2023年3月時点で約16.0%」「2023年10月時点で届出10,108件」の2系統の情報があり定義・時点が異なるため両論併記が必要ですが、いずれの数値で見てもオンライン診療は電子カルテより普及が遅れているとみられます。

診療所の倒産・休廃業は本当に増えているのですか

帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」によれば、2024年の休廃業・解散は722件、倒産は64件でいずれも過去最多を更新しました。休廃業・解散の81.3%(587件)が診療所であり、代表者の高齢化が最大要因と分析されています。

まとめ

診療所・クリニックの経営課題は、①医師・看護師等の人手不足②後継者不在・事業承継/M&A③診療報酬改定による経営圧迫(利益率低下・赤字化)④医師の働き方改革対応負担⑤電子カルテ・オンライン診療等DXの遅れ⑥施設・設備の老朽化と投資負担、という6パターンが相互に絡み合う構造にあります。特に後継者不在率61.8%・院長70歳以上56.7%という高齢化データと、医業利益率3.2%・経常赤字39.0%という直近の収益悪化データが同時進行している点が、他業種と比べた医療業特有の切迫感を生んでいます。個人開業医と医療法人では制度上の情報開示義務や承継手段が異なるため、商談前リサーチでは開設形態(個人/法人)の見極めと、医療情報ネット・決算届・行政処分歴といった医療業特有の公開情報源の確認が有効です。個社の状況を決めつけず、一次情報で仮説を検証しながら商談準備を進めることが、決裁者に届く提案につながります。