「決裁者と話しているのに、なぜ進まないのか」
初回商談の反応は良かった。資料も好評だった。それなのに、そこから話が止まる——BtoB営業ではよくある壁です。原因の多くは、目の前の相手が「その場の決裁者」ではなく「情報を社内に持ち帰る担当者」だったことにあります。
BtoB企業の購買は、個人の即決で完結することはまれで、社内の複数の関与者が段階的に関わって進みます。米調査会社ガートナー社が2024年8〜9月にBtoBバイヤー632人を対象に実施した調査では、購買グループ(バイインググループ)は5〜16人、最大4つの部門にまたがって構成されるとされ、さらにグループ内の74%が「不健全な対立(unhealthy conflict)」、つまりメンバー間で目的や優先順位が食い違う状態を経験していると報告されています(出典、2025年5月7日プレスリリース)。同調査では、合意形成(コンセンサス)に至ったグループは、そうでないグループに比べて「良い取引ができた」と回答する割合が2.5倍高いという結果も出ています。
つまり、営業側がすべきことは「決裁者一人を口説く」ことではなく、「複数の関与者の合意形成を後押しする」ことに近いのです。この記事では、①決裁者・キーパーソンの見極め方、②複数の関与者への働きかけ方、③決裁者に響く提案の作り方、④よくある失敗パターン、の順に整理します。
決裁者・キーパーソンの見極め方 — 役職だけで判断しない
「部長が出てきたから決裁者だろう」という判断は、しばしば外れます。特に情報システム・マーケティング・製造など専門性の高い領域では、役職上の決裁権者と、実質的に意思決定を左右する人物が一致しないケースが少なくありません。役職以外に見るべきサインを挙げます。
- 社内展開の言葉が出るか: 「この資料、他の者にも共有していいですか」「一度持ち帰って検討します」という発言が出た場合、その相手の背後に別の関与者がいる合図です。次の商談で「誰に、どう共有されたか」を必ず聞き返します。
- 質問の質と切り口: 現場担当者は「使い方」「導入後のサポート」を聞き、決裁権者に近い人物は「費用対効果」「他社との比較」「導入しなかった場合のリスク」を聞く傾向があります。質問の切り口で、その人が組織のどの立場に近いかが見えます。
- スケジュールを握っているか: 会議の日程調整、社内稟議のスケジュール感を答えられる人は、プロセス全体を把握している可能性が高い人物です。
- 過去の同種の意思決定に関わったか: 類似のツール・サービスを過去に導入した経験がある人物は、今回も発言力を持つことが多く、稟議の通し方を熟知しています。
- 「NO」を言える立場か: 肩書が低くても、技術要件や運用面で「導入しない理由」を作れる人物は、事実上のブロッカーとして機能します。好意的な相手だけでなく、懐疑的な発言をする人物ほど早期に特定する価値があります。
初回商談前の段階で、企業の組織構造・意思決定の傾向・最近の投資動向についてある程度の仮説を持っておくと、商談中にこれらのサインを拾いやすくなります。仮説の立て方自体は仮説営業とは|仮説構築の4ステップと立て方で詳しく扱っていますが、ZEROSYSリサーチのように、会社名を入力するだけで経営課題や意思決定の傾向を出典付きで整理できるツールを使い、商談前の10〜15分で「この会社なら誰が鍵を握りそうか」の仮説を立ててから臨む、という使い方をしている営業担当者もいます。見極めたサインをどこに記録しておくかは営業ヒアリングシートの作り方|BtoB商談で使えるテンプレート項目とBANT・MEDDICの落とし込み方の「決裁・関係者」欄が参考になります。
複数の関与者への働きかけ方 — 一人を落とすのではなく全員を動かす
BtoB購買における関与者は、役割によって求める情報が異なります。営業マネジメント分野で長く使われている整理では、購買に関わる人物を大きく次のように分けて捉えます。
経済的決裁者(最終的に予算とGoを判断する人): 投資対効果・リスク・他の投資案件との優先順位で判断します。機能の細かさより「なぜ今やるべきか」「やらなかった場合の機会損失」に関心があります。
技術評価者・要件確認者(要件を精査し、Noを出せる人): セキュリティ、既存システムとの連携、運用負荷など、実務上のリスクを洗い出す役割です。ここで懸念が解消されないと、経済的決裁者まで話が上がりません。
利用者・現場担当者(実際に日々使う人): 使いやすさ、業務がどれだけ楽になるか、サポート体制に関心があります。現場の納得感が低いと、社内で「現場が乗り気でない」と稟議が止まる原因になります。
社内の推進者(稟議を後押ししてくれる人): 多くの場合、最初に接点を持つ担当者がこの役割を担います。ただし当人に決裁権はないため、営業側が「稟議を通すための材料」を用意して渡さない限り、社内での説得作業を一人で背負わせることになります。稟議書に転記しやすい形(費用対効果の要点、導入実績、想定される反論への回答)を先回りして渡すことが、最も効果の高い支援です。
日本国内の実態として、株式会社wibが2024年2月に実施した調査(直近1年以内にBtoB商品を購入した決裁者500人対象)では、84%の決裁者が営業担当者と実際に接触する前に、購買を決定づける情報にすでに到達しており、67%は商談・問い合わせ以外の経路(Webサイトや資料など)で「この会社に任せよう」という判断材料を得ていたと回答しています(出典、2024年2月)。この結果は、初回商談の時点で相手の社内ではすでに一定の情報収集と関与者間のすり合わせが進んでいる可能性を示しています。だからこそ、商談の場では「情報を伝える」だけでなく、「相手が社内の他の関与者に何を、どう説明すればよいか」を一緒に設計する姿勢が有効です。初回商談でどんな質問からこの温度感を探るかは初回商談の質問リスト30選【業種別】も参考にしてください。
決裁者に響く提案の作り方 — 現場向けと経営層向けで訴求を変える
同じ提案書を、現場担当者にも経営層にもそのまま使い回すと、どちらにも刺さらない結果になりがちです。訴求の重心を変えることが必要です。
現場担当者向け: 日々の業務がどう楽になるか、導入後のサポート体制、他社での運用イメージを具体的に。専門用語よりも「明日から何が変わるか」を優先します。
経営層向け: 投資対効果、回収期間の目安、競合や業界内での位置づけ、導入しない場合に想定されるリスクや機会損失。数字と意思決定の根拠を簡潔に示すことが重要です。細かい機能一覧よりも、1枚で判断材料が揃うサマリーが好まれます。
理想的には、現場向けの詳細資料と、経営層向けの1〜2枚の要点サマリー(投資対効果・想定される反論とその回答・導入スケジュール)を分けて用意し、社内の推進者がそのまま転用できる形にしておくことです。相手企業の経営課題そのものの当たりのつけ方は経営課題の見つけ方|中小企業10パターンで整理しています。ZEROSYSリサーチのようなツールでは、対象企業の経営課題や決裁者が重視しそうな観点、想定ROI、想定される反論までを出典付きでまとめて出力できるため、こうした経営層向けサマリーの土台作りに使われることがあります。会社名を入力するだけで1社無料でお試しいただけます。
よくある失敗パターン
- 現場の好反応を受注確度と混同する: 現場担当者が乗り気でも、決裁権者・技術評価者の懸念が残っていれば話は進みません。誰が最終的にYes/Noを出すのかを早期に確認します。
- 決裁者に会えないまま見積もりだけを渡して待つ: 見積もり提示後の沈黙は、多くの場合「社内で止まっている」サインです。稟議のどの段階にいるか、誰の承認待ちかを定期的に確認する仕組みを商談の初期に合意しておきます。
- 経営層にも現場と同じ機能訴求で押す: 経営層が知りたいのは「なぜ今、この投資が合理的か」であり、機能の細かさではありません。
- 社内の推進者に丸投げする: 推進者に決裁権がないことを前提に、稟議で使える資料・反論への回答を用意して渡すところまでを営業側の仕事と捉えます。
- 懐疑的な人物を後回しにする: 好意的な相手とだけ関係を深め、懸念を持つ技術評価者や現場の反対意見を放置すると、終盤で覆されるリスクが高まります。早い段階で懸念点を聞き出し、個別に解消しておくことが重要です。想定される反論への切り返し方は反論処理トーク集|BtoB営業の切り返し方で具体例を紹介しています。
BtoB購買は個人の即決ではなく、組織内の複数の関与者が納得して初めて前に進みます。決裁者を「特定する」ことは出発点にすぎず、複数の関与者それぞれの判断軸を理解し、社内の合意形成を後押しする動きこそが、商談を止めないための実務的な鍵になります。
よくある質問
BtoBの購買にはどれくらいの人数が関わりますか
米調査会社ガートナーが2024年8〜9月に実施した調査によると、購買グループ(バイインググループ)は5〜16人、最大4つの部門にまたがって構成されるとされています。同調査では、グループ内の74%が目的や優先順位の食い違う「不健全な対立」を経験していると報告されています。
決裁者を役職だけで判断してはいけないのはなぜですか
情報システムやマーケティングなど専門性の高い領域では、役職上の決裁権者と実質的に意思決定を左右する人物が一致しないことが少なくないためです。社内展開の発言が出るか、質問の切り口、スケジュールの把握度、過去の同種の意思決定への関与、「NO」を言える立場かといったサインから見極める必要があります。
決裁者・関与者にはどんな役割がありますか
経済的決裁者(予算とGoを判断する人)、技術評価者・要件確認者(要件を精査しNoを出せる人)、利用者・現場担当者(実際に使う人)、社内の推進者(稟議を後押しする人)の4つに大きく分けて捉えられます。役割によって関心事が異なるため、訴求内容を変える必要があります。
決裁者になかなか会えない場合、営業側は何をすべきですか
社内の推進者に決裁権がないことを前提に、稟議で使える資料や想定される反論への回答をあらかじめ用意して渡すことが有効です。株式会社wibの調査では、84%の決裁者が営業担当者と接触する前に購買を決定づける情報にすでに到達しているとされており、商談の場で情報を伝えるだけでなく、相手が社内の他の関与者にどう説明すればよいかを一緒に設計する姿勢が求められます。